ある日突然、インターネット上に自分への誹謗(ひぼう)中傷があふれていたら、どうすればいいのか。
川崎市に住む在日コリアンの男子中学生は昨年1月、ネットの掲示板の書き込みに手が震えた。

「見た目チョン、脳みそもチョン、全てがチョン」「ヒトモドキ。たたき出そう国外へ」「ゴキブリ韓国人」
などと読むに堪えない罵詈(ばり)雑言が大量に書き込まれていた。

おそらく数万件に上る投稿は匿名で、 どれだけの数の人によって書かれたのかも分からない。

ネット上に一度広がった投稿を、全て削除するのはほぼ不可能だ。高校生になった生徒は、
今も「自分の名前を検索されたらどうしよう」と不安を抱えて暮らしている。

見ず知らずの少年にいきなり悪意を向け、面と向かっては言えないような言葉で人格を攻撃する。
ネットの発達によって生じた現代日本の醜悪な現実。相談を受けた弁護士らは立ち上がった。

「匿名を隠れみのにしたヘイトスピーチであり、許されない。犯罪として刑事責任を問うべきだ」

事の発端は、生徒が地元の音楽イベントに参加したこと。ただそれだけだった。
ところが、その活動が新聞で取り上げられ、記事がネットに公開されると、
掲示板やまとめサイトに、 この生徒を人種差別的に中傷する投稿が相次いだ。

事態を深刻に受け止めた神奈川県弁護士会は昨年2月、会長談話を発表し、こう非難した。

「人が人に対してかける言葉とは思えぬほど、醜悪かつ差別的なもので、多数人による中学生への公開リンチの様相を呈している」

生徒の弁護団の一人、神原元弁護士も憤りを隠さない。「何万件ものヘイトが、未成年に毎日のように浴びせられる。
すべて刑事告訴したいが、現実的には、できるのは一つか二つ。こうしたヘイトを取り締まる法的整備がまったく追いついていない」

実際、刑事罰まで至るケースは珍しい。ネックになっているのは、匿名の発信者を特定し、告訴する手続きの煩雑さ。
時間がかかる上、被害者には精神的負担ものしかかる。泣き寝入りするケースが大半という。

弁護団は今回、膨大な投稿をチェックした上で、「写楽」というブログが特に悪質だと判断し、狙いを絞った。
「在日という悪性外来寄生生物種」と題し「見た目も中身ももろ醜いチョーセン人」などと中傷していた。

昨年2〜5月、ブログ管理会社やプロバイダーに情報を開示するよう請求し、任意で情報を入手した。
その結果、発信者は大分市に住む66歳の男性と判明した。

その年の7月、川崎署に侮辱容疑で告訴すると、川崎署は10月に入って横浜地検川崎支部に書類送検した。
男性は調べに対し「日記のつもりで書いた」と供述したという。川崎区検は同年12月20日、侮辱罪で略式起訴。 川崎簡裁が科料9千円の略式命令を出した。

今回の件で、ネットでの匿名の差別発言が刑罰に値することが広く知られるようになった。横行するヘイトスピーチに対する大きな成果だ。

一方で、他人に差別発言や侮辱を繰り返し、心に深い傷を与えたことに対する罰が1万円に満たないことに、割り切れなさも残った。
数千円の罰は決して重いとはいえないだろう。
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