安倍晋三総理が去る21日、靖国神社に貢物を奉納した。昨日今日のことではない。彼は2013年靖国神社を参拝して以降、毎年貢物を上げている。ヒロヒト日王は1975年以後、靖国神社に行かなかったし、現・アキヒト日王も即位後一度も靖国神社を訪れないのと対照的だ。

靖国神社とはどんな場所なのか。近代日本が起こした大小の戦争で亡くなった人々の英霊を持ち上げる所だ。太平洋戦争A級戦犯14人を含む246万人余りが合祀されている、日本で最も規模が大きい神社だ。安倍総理が自身の精神的支柱として最も尊敬するという日本人がそこにいる。

靖国神社最上段に名前が刻まれている吉田松陰(1830〜1859)。「天皇制」「独島(ドクト、日本名:竹島)領有権主張」「日本軍慰安婦」「朝鮮人強制徴用」「平和憲法改正」等、韓日関係の多くの歴史的争点を探れば結局、会うほかない名前だ。

吉田松陰は「明治日本」を設計した人物だ。幕府を打倒して天皇中心の国家体制に進まなければならないと主張した。韓国を征伐する「征韓論」と「大東亜共栄論」の理論的土台も彼の腕前だ。彼が執筆した<幽囚録>(1854)にその基礎がよく表われている。

「米国やロシアのような強大国とは友好関係を結び実力を育てた後、難なく入ることができる朝鮮と満州、中国の領土を占領して強国に失ったものを弱者に対する搾取で埋めることが上策だ。」強者には徹底的に屈従し代わりに弱者からあらゆるものをむしり取る、という論理。このように未熟な思考が侵略的日本を鞭打つ手段になったことは日本の不幸に違いない。
(中略)

吉田松陰復活の兆候はあちこちに見られる。安倍が精魂を込めたあげく、松下村塾は2015年ユネスコ世界文化遺産に登録された。最近では旧韓末韓半島経済侵奪の先頭に立った渋沢栄一が1万円札紙幣に描かれる人物に選ばれた。明治維新を国際的に公認させ侵略の歴史を隠そうとする意図だ。コンプレックスの所産としても、軍国主義の隠れた亡霊としても、吉田松陰の夢を21世紀に呼びさますのは時代錯誤だ。

日本国民は個人主義指向が強く政治に無関心だが、これを憂慮した右翼勢力が彼の登場をあおりたてる。日本崩壊後、朝鮮総督の阿部信行は次のように吐きだした。「朝鮮人がまともな精神状態を整えて過去の栄光を取り戻すには100年という歳月がかかるだろう…私、阿部信行はまた戻ってくる。」この背筋が寒くなる呪いはそれだけ韓国をよく知っているという自信だ。

そのような日本を私たちは果たしてどれくらい正しく見ているか。感情におぼれたり、知らないふりをしたり、二つに一つだ。「日本の観点から日本の歴史を眺めてこそ、日本を全て理解し、未来に備えることができる。」(キム・セジン・<吉田松陰時代を反逆する>)冷静と客観に裏付けられた、より多くの日本研究が切実な理由だ。

/キム・コンス論説委員
http://www.busan.com/nas/wcms/wcms_data/photos/2019/04/23/2019042319051108418_s.jpg

ソース:釜山日報(韓国語) [キム・ゴン随意世の中で]復活する吉田松陰
http://www.busan.com/view/busan/view.php?code=2019042319051120231

関連スレ:【韓国】 光復70年、分断70年、安倍首相の祖父・阿部信行の妄言…護国精神が答えだ[06/04]
https://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1433514465/