外国人に国を開く。その影響は、入ってきた外国人と社会の変化を、人生という長い時間でみないと分からないのかもしれない。私は以前に取材したベトナム人女性と12年ぶりに会うため、韓国南西部、全羅北道のクジ村を訪れた。

 ずいぶん前に稲は刈り取られ、乾ききった田が広がる。細い農道を自動車が猛スピードで走って来た。ハンドルを握るのは徐霓真(ソイェジン)さん(37)。2007年の記事に書いた「ベトナム人のチャン・ティ・タンティさん」だ。当時は嫁いで4年が経つのに、故郷の説明も韓国語でできなかった。

 「学校で子供たちがどう受けとめられるかを考え、09年に韓国籍にしました」。流暢(りゅうちょう)な韓国語で答えると、これまた韓国語で大声を出した。「あなた! こっちよ、こっち!」

 「また取材ですか? 人の暮らしは、いつでもどこでも、そんなに変わるものではないですよ」。夫の白仁基さん(50)の言う通り家や田は当時のままだ。

 徐さんは、この地方の結婚移民の第1世代。知人がおらず、よく泣いた。今は村を含むプアン郡に約300人のベトナム人女性が移り住み、徐さんは彼女らに助言する存在だ。

 長女は中学3年、長男は中学1年に育った。白さんの家族は、学校に通いやすいよう近くの町に引っ越していた。今、この家には白さんの母親が独りで暮らす。隣は敷地に雑草が生え放題の廃屋になっていた。

ソウル=神谷毅

徐霓真さん(左)と白仁基さんと、白さんの母親=2019年11月13日、神谷毅撮影
https://i.imgur.com/XZGdpWn.jpg

朝日新聞
https://www.asahi.com/amp/articles/ASN1N54F5MCHUHBI00Y.html#aoh=15796599032730&;referrer=https%3A%2F%2Fwww.google.com&amp_tf=%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B9%3A%20%251%24s

2020年1月22日11時00分