「身分証を見せてほしい」と3度要求した後、後ろ手に回して頭を床に押さえ付けて逮捕

警察「名前・住民番号も言わない…住所不定で現行犯逮捕した」

法曹界は「明白な違法逮捕行為」

 先月24日夜8時ごろ、ソウル・蚕室駅。たくましい警察官2人が主婦のキムさん(58)の両腕を片方ずつつかんで後ろ手に回していた。キムさんが体をよじりながら抵抗すると、警察官はキムさんの服を引っ張ってひざまずかせた。キムさんが起き上がろうとすると、警察官はキムさんの頭を地面に押さえ込んだ。そうして地面でうつ伏せになったキムさんの背中に警察官2人が乗り、後ろ手に手錠をかけた。周囲の人々が「女性警察官を呼んでほしい」と声を上げたが、警察はそのままキムさんを連行した。

 現場にいた人が撮影し、ユーチューブにアップした動画が公開されると「どういう重罪で、60歳近い女性をたくましい警察官2人で押さえ込んで制圧し、後ろ手に手錠をかけたのか」という論争が起きた。警察は「公共の場所で騒ぎを起こしたキムさんは、警察官の度重なる身分証提示要求を拒否した」として「刑事訴訟法に基づく適法な現行犯逮捕」と主張した。しかし、多くの法曹関係者が「明白な違法逮捕」と指摘した。

 本紙による取材を総合すると、当時キムさんはピンクのショッピングバッグを持ち、買い物をしに行く途中、文在寅(ムン・ジェイン)政権のコロナ対応を批判する5人ほどのデモ隊と遭遇した。普段から光化門の集会に参加してきたというキムさんは、デモ隊がマイクを握って声を上げる様子を見物し、ちょうどショッピングバッグの中にあった「文在寅大統領下野」のビラを取り出した。

 問題は「ある女性がマイクを握って叫んでいて、あまりにうるさい」という通報を受けて姿を現した近くの派出所の警察官が、キムさんをデモ隊の一員と判断したことで発生した。警察が身分証を要求すると、キムさんは「(買い物に行く途中なので)身分証はない」と答えた。警察官はさらに2度身分証を要求し、キムさんが応じないと「身分証を3回要求しました」と告知してキムさんの制圧に入った。

警察は、刑事訴訟法214条を根拠に挙げた。50万ウォン(現在のレートで約4万5300円)以下の罰金などに該当する軽犯罪は、犯人の住居が明らかでないとき(住所不定)に限って現行犯逮捕が可能、という条項だ。公共の場所での騒乱行為を軽犯罪違反と見なし、身分証提出要求を3回拒否したので「住所不定」に該当すると見なしたのだ。警察側は「身分証の要求だけでなく名前や住民登録番号も尋ねてみたが、キムさんは答えなかった」という。過剰制圧という批判に対しては「キムさんが抵抗して携帯電話で警察官の頭をたたき、腕にかみついたから」と釈明した。

 一方、法曹関係者らの判断は異なる。キム・サンギョム東国大学教授は「公共の場所でスローガンを叫ぶことは、憲法が保障する表現の自由の範囲内」だとして「今回のような公権力行使は、憲法上の基本権を侵害しかねない」と語った。身分証の提出拒否を「住所不定」と解釈する根拠はない。加えて、キムさんは「身分証はない」と言っただけで、逃走を試みはしなかった。スン・ジェヒョン刑事政策研究院研究委員は「現行犯で逮捕しようと思ったら逮捕の必要性、すなわち逃亡の恐れがあるべきだが、この事案では認められない」と語った。ある現職の判事は「法的根拠もない『3回の身分証要求後の逮捕』は明白な違法行為」と語った。

 検察・警察の捜査権調整で警察の捜査権が大きく拡張された状況において、警察の公権力過剰行使が横行しかねない、という懸念も持ち上がった。一部からは「もしキムさんが『チョ・グク守護』のビラを持っていたら、警察はあのように逮捕しただろうか」という声も上がった。キム・ジョンミン弁護士は「第5共和国(全斗煥〈チョン・ドゥファン〉政権時代)の警察を見ているかのようだ。警察権力の乱用と『政治警察化』の兆しに見えて心配している」と語った。

 警察はキムさんを留置場に拘禁した後、翌日釈放した。キムさんについては「騒乱行為の通報が入って逮捕したのであって、政治的考慮はしなかった」と釈明した。

ヤン・ウンギョン記者

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2020/03/04/2020030480094.html
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 2020/03/04 16:58