■過激な言説、「不寛容」広がる社会


 その日夜、阪神支局(兵庫県西宮市)に押し入った目出し帽姿の男は、2回発砲した。犬飼兵衛記者(当時42)と小尻知博記者(当時29)が撃たれ、犬飼記者は指を2本失い、小尻記者は翌日未明に亡くなった。
 「すべての朝日社員に死刑を言いわたす」「反日分子には極刑あるのみ」。各報道機関に届いた「赤報隊」と名乗る犯行声明文には、こう記されていた。その後、東京本社の窓などが銃撃されていたことが判明。名古屋本社の社員寮も銃撃され、静岡支局(当時)駐車場には時限式爆発物が仕掛けられた。
 一連の事件は警察庁が「広域重要指定116号事件」に指定。各警察は物証から犯人をたどろうとしたが、大量生産・大量消費の壁にぶつかる。動機面からは複数の右翼関係者や朝日新聞の報道に恨みを持つグループを中心に捜査したが、2003年3月に静岡支局の事件が時効を迎え、全ての捜査が終わった。
 当初から朝日新聞は事件を言論への攻撃ととらえ、今も続く連載「『みる・きく・はなす』はいま」をスタート。朝日新聞労働組合も「言論の自由を考える5・3集会」を阪神支局事件が起きた翌1988年から始め、開催を続けてきた。

 その一方で、言論への威圧はやまない。韓国など近隣諸国を誹謗(ひぼう)中傷する街宣活動は、教育現場や商店街でも繰り広げられ、「ヘイトスピーチ」という言葉の暴力として広く認知されるように。またインターネットが普及し、誰もが発信できるようになった中、ソーシャルメディア上では、より過激な言説が飛び交う。
 事件から33年。「不寛容」が広がる中、異なる考えや意見と私たちはどう向き合うのか。いまもそれが問われている。


 ◇この特集は、加藤勇介、狩野浩平、川田惇史、高橋健次郎、山田英利子が担当しました。