当たり前に続くと思っていた日常は、当たり前ではなかった。この春、世界を覆った新型コロナウイルスの脅威。多くの人が勉強や生活、仕事の危機に直面した。コロナ禍は一人ひとりの暮らしや価値観をどう変えたのか。大学院生・黒田敦穂さん(24)に聞いた。


 神戸大学大学院の修士課程で学ぶ大学院生です。韓国が民主化を勝ち取る契機となった1980年代の学生運動を研究しています。新型コロナウイルスの影響で、留学中の韓国から帰国を余儀なくされました。
 日韓関係や歴史問題ではなく、どうして韓国の学生運動を研究対象に?と思う人も多いかもしれません。
 日本ではデモや市民運動は「敬遠」される空気感があります。興味はあっても世間体を気にする人も少なくありません。一方、韓国では比較的若い世代も気軽に運動に参加しています。

 日韓の違いは、韓国では市民が軍事独裁政権を倒した体験が共通の社会的な記憶となり、血肉になっているからだと思います。

 韓国では今年5月、「光州事件」から40年を迎えました。軍事政権に対抗し、民主化を求めて立ち上がった韓国・光州の市民が弾圧され、軍の攻撃などで300人以上の死者・行方不明者が出た事件です。

 多くの血が流れましたが、今の民主化された韓国は、こうした市民の犠牲の上にあります。文在寅大統領を始め、現在要職にいる政治家や経営者にも過去の民主化運動に関わった人が少なくありません。運動の歴史を学ぶことは、今の韓国社会を知ることにもつながると考えたのです。


 留学中には韓国の大学図書館にしかない学生運動史や当時の新聞・資料の収集、運動経験者へのインタビューなどをしたいと考えていました。韓国語の向上も、現地でしかできない研究者、友人との関係作りも楽しみでした。

 2月に韓国へ渡りました。翌3月から始まる授業に備えてです。しかし、その頃から世界各地でコロナの感染拡大が深刻化。所属する大学からは帰国を促される一方、留学先である韓国の大学院からは残ってもいいといわれ、悩みました。せっかくの留学の機会、帰りたくない。でも、このまま滞在して感染したらどうすればいいかわからない。結局、後ろ髪を引かれる思いで帰国しました。

 韓国の学生運動の研究者になるのが夢。留学が中止になったことは、私の人生にとって大きな痛手です。


 私にとって韓国は「近くて近い国」でした。

 確かに日韓の両政府は歴史・外交問題で対立してきました。でも、市民間の草の根交流までは止まることはなかった。韓国は日本人に査証(ビザ)なし渡航(90日以内)を認めており、いつでも行き来できる国でした。


 それが新型コロナをきっかけに、両国が入国制限を強化。韓国もビザ免除措置を停止し、コロナが落ち着いたとしても、いつ韓国に行けるかわかりません。
 
 当たり前に行くことができた場所に行けなくなった悲しみ――。日韓の「近さ」は当たり前のことではなかったんだなって。

以下略

朝日新聞
https://www.asahi.com/articles/ASN7N7641N7NPIHB029.html