◆外交の安倍から内政の菅政権へ

─米中が対立する環境下で、菅政権はどのような外交を展開していくべきでしょうか。

森本》日中は安全保障について様々な問題を抱えていますが、それ以外の経済や投資は順調で、日中の経済関係は互いになくてはならないものになりました。その意味で中国は、安倍政権を評価しています。

 また、米中両国と上手につきあいながら、欧州やアセアンの国々とも良い関係を維持した安倍前総理の外交上のリーダーとしての評価は、国際社会では定着していると思います。

 菅総理は安倍政権の政策を踏襲すると言っていますが、多くの国は安倍前総理と同じ外交的役割を果たせるはずがないと思いつつ、いままでのような役割を果たせる日本であってほしいという気持ちがあると思います。これは、日本にとって、非常に大きな課題になります。

三浦》安倍前総理は、戦後レジームからの脱却を唱えました。敗戦国として背負った歴史問題を乗り越え、国内における歴史認識の分断というくびきから日本を解放し、普通の国にするという試みは、ある程度達成されたと思います。

 安倍前総理の能力については、ものごとのアブストラクト(概要)を把握する力が秀でていたと思います。安全保障や経済問題についての細部は専門家にゆだねるにしても、骨格を把握する能力が秀でていることによって、リーダーとしてどの方向へ何を強調して言えばいいのかがわかっていたのだと思います。

 菅総理は具体的な政策重視の方です。したがって、外交においても理念よりもプロジェクトを重視し、利害に基づき国益のためになることを実践する、という感覚の方だと思います。日本の複雑性、多元性を体現するには向いていますが、首脳の交渉力、リーダーシップとして、筋を通さなければいけないところをどうするのか、全体をうまくまとめられるかどうかは、まだわかりません。

森本》三浦さんが仰ったように、安倍前総理は抜きん出た外交感覚を持っていただけでなく、実務的な能力が非常に高いことで日本の国益に貢献したと感じます。

 一方、菅総理の際立った特徴は、日本の官僚制度を知り尽くしていること、それから日本が直面しており、すぐに対処すべき問題が何であり、どこを押さえればどうなるのかを十分に知っておられるところにあると思います。

 ただ、外交や安全保障についての経験や実績は未知数です。中国、アセアン諸国、欧州のリーダーともほとんど深い人脈はないと思います。米国もこれまでのような円熟した日米関係を継続できるかどうか不安感を持っているので、明確な理念を示して、この不安感を早く払拭してほしいと思います。

(続く)

構成:戸矢晃一

〔『中央公論』2020年11月号より後半部分を抜粋〕

◆森本 敏〔もりもとさとし〕
1941年東京都生まれ。防衛大学校理工学部電気工学科を卒業後、航空自衛隊を経て79年外務省入省。2000年より拓殖大学国際学部教授。09年初代防衛大臣補佐官、12年民間人初の防衛大臣に就任。16年より現職。『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』『国家の危機管理』など著書多数。  

中央公論 10/11(日) 10:04
https://news.yahoo.co.jp/articles/548f46817aa32d9ff409360b96d9d74f8a56c275