◆日本の安全保障を根源から問う

─安倍前総理は退任直前に「敵基地攻撃能力」の保有の検討を促す談話を発表しましたが、この件も含めて菅政権は、安全保障戦略に対してどのように取り組むべきでしょうか。

森本》日米の安全保障、防衛関係には課題が山積みです。第一に日米のホスト・ネーション・サポート(在日米軍駐留経費負担)の特別協定を年末までに合意して、令和三年度の予算に計上する必要がある。日本は従来の枠組みを変える考えはありませんが、米国は大変重視しており、熾烈な交渉になると思います。

 第二に、次期戦闘機(F‐2後継機)の構想設計。日本が主導して行う開発計画のどの分野をどの程度米・英に協力させるのかによって、新しい戦闘機開発のリスクとコストをどうやって減らすかを、年内に議論しなければなりません。

 第三は、国家安全保障戦略の見直し。これは来春までかかると思いますが、ミサイル抑止について我が国が打撃力を持つと日米の役割、任務の分担をどうするかを米国と協議しなければなりません。

 また、イージス・アショアの関連では代替手段を決めて、防衛大綱や中期防衛力整備計画の見直しも検討する必要があります。さらに、米国の次の政権とどのような同盟関係を維持していくかを考えなければなりません。

 さらに、対中戦略上重要なことは、日米韓の緊密な連携を維持しつつ、アセアンと協調を図って日本の安定や将来の繁栄を維持していくこと。また、豪州やインドと作り上げてきた緊密な関係を増進することです。

 何をすることが日本にとって真に国益なのかを考えて、こちらから打ち出していく。その発想をもって、多くのアジアの国々に対応していく努力が、日米同盟とともに重要だと思います。

三浦》日本は、資金力でも先端技術でも中国に後れを取って久しい。ですから、ソフト面で入っていくことが大事だと思います。かつてのODAのように、東南アジアの途上国を援助しながら日本の大企業の利益を確保するといった発想では、中国の浸透力に敵うわけがない。東南アジア諸国は中国による投資を受け入れつつも、中国一辺倒になることは望んでいません。ですから、日本はソフト・パワーやユニークな技術を持ち込むべきです。日本が投資するプロジェクトに「持続性」という概念を埋め込むことで、東南アジアの社会構造を変える手助けもできます。それこそ、日本が得意とするところだと思います。同時に、防衛力のような日本のハードなパワーも見直さなければなりません。

森本》安全保障の本質を考えると、これからの日本にとって一番重要なことは、同盟関係の中で手段を考えるのではなく、日本がもっと主体的に自らの安全保障を考えることです。いままでのように米国の足らない部分を日本が補うのではなく、日本の足りない部分を米国に補わせる。日本が主体の安全保障体制を作り直していかなければいけません。

 米国との協力は重要ですが、日本が主体的に対中戦略を作っていくことができないと、日本の安全が維持できない時期にさしかかっているのではないかと思います。

三浦》日本にそれができるのかはなはだ不安ですね。河野太郎前防衛大臣が破棄したイージス・アショアの問題でも、国民的議論はありませんでした。国民は当初、北朝鮮からミサイルが飛んでくる不安もあって「防衛型兵器であればよい」と消極的に支持を与えていたのでしょう。

 しかし、何が合理的であるかを軸に設計しなければ、貴重な税金を無駄にすることになりかねない。他方で、敵基地攻撃能力については理念重視の議論が先行し、具体的に自衛隊に何が可能なのかという議論は表ではなかなか聞かれません。

 中国は、私たちにとって欠くことのできない貿易相手国です。しかし、同時に軍事的な脅威でもある。これから十年掛けて防衛型兵器の解釈について議論を進めるというような悠長な話ではありません。森本先生が仰るように、そもそもの姿勢を転換しなければならない。根源的に変えるのであれば、憲法も見直すべきだと思いますが、菅政権で憲法改正が重視されることはないでしょうね。

森本》日本の防衛というのは、実は国内政治問題です。イージス・アショアだけでなく、佐賀のオスプレイも沖縄の埋め立ても多くが国内問題です。国内をきちんとマネージメントできずに、防衛のあり方を考えるわけにはいかない。内政がマネージメントできなければ、防衛はできません。一方で国民の側も、イージス・アショアのブースターの落下場所という問題だけでミサイル防衛を論じるのではなく、安全保障のあり方全体を真剣に直視すべきです。

(終わり)