検診
第一次大戦で二百万人の性病兵士を出す苦い経験を持つドイツは、性病予防を重視した。慰安婦は軍医と現地人の医師により週二回の検診を受け、性病にかかると直ちに入院させられた。
効果は満足すべきものがあったと四三年一月二十七日付の国防軍総司令部報告は自讃している。
慰安婦の徴集 
西方占領地では従来あった売春宿を軍の管理下におくだけで足りたが、東方占領地とくにソ連ではスターリンが売春を禁じていたので新設せざるをえず、
慰安婦はしばしば強制徴用された。ドイツ本国への強制労働を拒否した若い女性は、代りに慰安所で働かされた。ユダヤ人女性も同様であった。
人種問題
人種法で「劣等人種」との性的交流は禁じられていたが、あまり守られなかった。たとえば三九年十月、ワルシャワのホテルの手入れで
四〇のドイツ将校の部屋から三四人のユダヤ人女性が発見された。ザイトラーが収録しているドイツ軍慰安所の利用規則をみると
(1)強制登録制
(2)経営者と慰安婦の取り分は折半
(3)利用料金の統制
(4)コンドームの使用と事後消毒
(5)アルコールの持ち込み禁止
(6)暴力の禁止
(7)憲兵による監視
(8)慰安婦の外出制限
上記を見ると日本の例に酷似している。ただし、ドイツ軍のように性病の治療を怠った女性を処罰する規定は日本軍にはなく、
むしろ性病にかかった兵士の方が降等処分などを受けた。
強いて差異をあげれば、ドイツ軍の場合は最高レベルでの命令で律し、運用や規則が徹底した効率主義で貫かれていたのに対し、
日本軍は出先部隊のかなり低いレベル、それも輸送関係を除くと業者との非公式な談合に委ね、運用もかなりルーズだったらしい点である。
したがって将来ドイツで補償問題が起きた場合には、日本と異なり国家補償だけしか考えられないのではないだろうか。