●日本の防衛産業はもっぱら国内市場向け

日本の防衛産業基盤の現状に話を戻そう。2020年度の防衛白書によると、日本の防衛企業の防衛需要依存度(会社売り上げに占める防衛関連の売り上げ比率)は平均5%程度で、多くの企業で防衛事業が主要な事業となっていない。

日本の防衛産業はもっぱら自衛隊向けに装備品を生産することを前提に育成されてきたため、コスト面でも技術面でも国際競争力の無さが大きな課題となってきた。小松製作所が2019年2月、開発費の高額化などで採算に乗らないとして陸上自衛隊の装輪装甲車の開発からの撤退を表明したことは記憶に新しい。

日本政府が2014年4月に「防衛装備移転三原則」を閣議決定するまで、日本の防衛企業は防衛装備品の輸出は禁止され、市場が国内に限定されてきた。国際共同開発や生産への参加も難しく、世界の先端技術の習得もままならない状況が長らく続いてきた。戦後の禁輸体制の下、日本の防衛産業には独力で最先端の防衛装備品を開発するだけの民間ノウハウも技術も財政余力も失われてきた。

このことは、コロナ禍とは言え、最近では三菱重工業が国産ジェット旅客機「スペースジェット」(旧MRJ)の開発を事実上凍結するとのニュースでも改めて浮き彫りになった。この事業は、三菱重工業が主契約企業となる航空自衛隊のF2後継の次期戦闘機へのスピンオフ効果が期待されてきた。防衛装備品の輸出を緩和する「防衛装備移転三原則」の2014年の閣議決定を受け、日本の国際競争力を高めるけん引役の事業になると関心を集めていた。

日本はこの新たな「防衛装備移転三原則」によって、武器と関連技術の海外移転を原則として禁じてきた長年の禁輸政策を転換した。そして、米英などとの防衛装備品の本格的な共同開発に踏み出した。

●鎖国状態では軍事技術は取り残される

思えば、平和を享受しながら鎖国政策がとられていた江戸幕府時代末期、かりに薩長が英仏から軍事技術をいち早く取り入れ、富国強兵に先陣を切っていかなければ、日本は世界列強の仲間入りどころか、清のように列強の侵略を受けていたかもしれない。海外との協力や連携がない鎖国状態では、防衛装備品をめぐる軍事技術の向上はどうしても取り残されてしまう。

日本では、防衛技術の維持確保を含め、防衛生産の製造業の現場強化に国民がもっと関心を寄せてもいいはずだ。でなければ、アメリカの防衛装備品をいつまでも買わされ続け、ATMのごとくお金を出し続けてしまう。アメリカが装備品輸出を絡めた安全保障策を交渉のカードにして、貿易分野などいろいろな場面で日本に妥協を迫ってくることも十分にあり得る。アメリカの防衛装備品に大きく依存すれば、ただでさえ日米安保で日本の外交が対米追従と国際的にみなされている中、日本の自立が常に問われることにもなる。

さらには、アメリカを筆頭とする海外からの大量の武器購入は、国内防衛産業のさらなる縮小を招き、ひいては日本の軍事技術の劣化にもつながる。アメリカからの爆買いはアメリカの雇用を増やすばかりで、日本での雇用を失わせる。筆者はアメリカに2度留学し、決して反米ではない。日本に独立自尊の精神を持って、毅然と独自外交を展開してもらうためにも、防衛産業の基盤強化が必要だとあえて言っているだけだ。

●日本技術会議「軍事研究反対の声明を継承」

日本学術会議は2017年3月に発表した軍事研究に関する声明の中で、「1950年と67年に出した軍事研究反対の声明を継承する」と明確に述べている。そして、自衛隊の防衛装備品に応用できる大学などの最先端研究を公募して助成する防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」について、「軍事研究に当たる」と批判してきた。

しかし、インターネットでも、AIでも、ドローンでも歴史的に先端技術は民生用にも防衛用にもどちらでも使うことができるデュアル・ユース技術となっている。日本学術会議はどこまでを軍事研究とみなすのか。欧米の大学では珍しくない戦争学や軍事学も、日本学術会議の目からしたら、軍事研究の範囲に入ってしまうのだろうか。その線引きがあいまいだ。

(続く)