【ソウル=桜井紀雄】韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権と与党が北朝鮮に向けたビラ散布を禁じる法律を成立させたことについて「表現の自由を侵すものだ」と米国など国際社会から批判を浴びている。来年1月に発足するバイデン米新政権は、人権問題を重視する姿勢を打ち出しており、北朝鮮政策をめぐる米韓の軋轢の種になりかねないと懸念する声が韓国内で上っている。

 韓国与党「共に民主党」は今月14日、国会でビラ散布の禁止を柱にした「南北関係発展に関する法律」改正案を野党の反対を押し切って強行採決した。ビラだけでなく、金銭やUSBメモリーも対象で、違反すれば、3年以下の懲役または3千万ウォン(約280万円)以下の罰金が科される。

 韓国の脱北者団体による北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)体制を非難するビラの散布に対し、北朝鮮が6月、正恩朝鮮労働党委員長の妹、金与正(ヨジョン)党第1副部長の談話を通じて軍事的措置も辞さない反発を示したことを受け、文政権が法整備に着手。野党は、与正氏が命じるままに法改正した「金与正下命法だ」と強く反対してきた。

 波紋は国内にとどまらない。国連で北朝鮮の人権問題を担当するキンタナ特別報告者は16日、メディアへの論評で「北朝鮮住民に関与しようとする脱北者や市民団体の活動を制限する」と指摘し、施行前の再検討を促す異例の勧告をした。

 米国を拠点に北朝鮮の人権問題に取り組む国際組織や米議員が相次ぎ懸念を表明。議会で超党派の人権機関を取り仕切る重鎮議員は可決に先立ち、「民主主義の原則と人権に反する愚かな立法だ」と非難し、米国務省の人権報告書などで韓国が監視リストに含まれ得ると警告した。同機関は来年1月、この法律に関する聴聞会を予定している。

 米紙は、ビーガン米国務副長官兼北朝鮮担当特別代表が8〜12日に訪韓した際、法案への憂慮を韓国側に伝えていたと報じた。

 文政権も即座に反論した。統一省当局者は17日、キンタナ氏の勧告に遺憾を示し、「南北境界地域の多数の国民の安全を保護するため、少数の表現方式を最小限、制限した点をバランスを持ってみるべきだ」と主張した。康京和(カン・ギョンファ)外相は米CNNテレビのインタビューで「表現の自由は重要な権利だが、絶対的なものではない」と述べ、制限し得るとの立場を示した。

 韓国与党内では、海外からの相次ぐ批判に「内政干渉だ」と反発する声も上がり、文政権や与党側に国際社会の懸念を受け入れる姿勢はうかがえない。

 韓国紙、中央日報は21日付の社説で「人権を重視するバイデン新政権は対北ビラ禁止法を適当にやり過ごさないだろう」と米韓の摩擦を生む事態を予測。「北朝鮮と歩調を合わせることに熱中してバイデン政権の序盤から韓米同盟に亀裂をつくらないことを願う」と危惧を示した。

https://news.yahoo.co.jp/articles/bb3d553ffe1642d0cfdf846da2c39f73f1457dcf