神戸は終戦直後には密入国してきた朝鮮人の暴動が頻発し「魔都」といわれた くらいの無法地帯だった。
警察が山口組の三代目に依頼して暴虐な朝鮮人をやっと押さえ込むことができたくらいだ。
山口組の三代目の伝記を読むと当時の朝鮮人の非道ぶりがわかる。

■山口組三代目「田岡一雄自伝」飯干晃一 著 1982年 徳間文庫

一瞬、ぎくりと立ちどまり、悲鳴のあがる方角に走った。
途中で四、五歳の女の子が泣きながら夢中で駆け寄ってきた。
「どないしたんや」「おかあちゃんが、おかあちゃんが」
少女は私に泣きじゃくりながらしがみつく。

この世のものとは思えぬ女の狂気じみた悲鳴がきこえつづけていた。
「ここにいるんやで。ええな」私は少女をその場において一目散に走った。

少女の母親は木立の中で数人の男に犯されていた。飛行服(朝鮮人)の男たちだった。

通りすがりの通行人の目つきが気に食わないといっては難くせをつけ、
無銭飲食をし、白昼の路上で集団で婦女子にいたずらをする。
善良な市民は恐怖のどん底に叩き込まれた。

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