「若い人は知らないかもしれないが、三年困難時期(「大躍進運動」の中国国内の俗称)の時、数千万人も餓死した。木を伐採して鉄鋼生産に使い、生態環境は破壊された。1959年の大干ばつが発生し、一年間食糧が収穫できず、四、五千万人も餓死した」。
 「大躍進運動」は、1958年に、当時毛沢東政権が共産主義社会の実現を加速させ、欧米の経済大国を追い越すことを目的に発足した国家プロジェクト。1958年から1960年までの三年間、農村の現状を無視し、強引な集団農場化や、農村での鉄鋼生産などを進めた結果
、自然環境をすべて破壊し、農村経済を混乱させ、深刻な食糧不足により多くの餓死者を出した。
 「大躍進運動」による餓死者数について、今まで中国当局が公に言及したことがなかった。内部で発表された統計数字は2千万人前後と言われているが、中国内外の研究者が三千万から五千万人と推定している。中共の高級幹部が公に五千万人もいると認めたのは初めてである。
 袁氏の発言は中国国内の読者やメディアに注目されている。元新華社記者楊継縄氏が今週、香港メディアの取材で、大躍進運動は数千万の死者も出し、期間中食糧がないため人間同士を殺し合い食べるケースも少なくないと話した。
 また、中国国内のネット利用者の中で大きな反響を呼んだ。「初めて聞いたが信じられない!でも、袁は政府の高官であり、専門家でもある。広州日報も党の宣伝紙だ。きっと袁の発言は事実だ」と驚きの発言は各ネット掲示板上で絶えない。
 袁隆平氏は1930年北京生まれ。ハイブリッド水稲の専門家として中国の農業研究をリードして来た袁氏は中国特等発明賞や世界知的所有権機関(WIPO)の金賞など内外から多くの賞を受賞し、「ハイブリッド水稲の父」と呼ばれている。1996年5月15日、
日本経済新聞創刊120周年を記念して創設した「日経アジア賞」(第1回)において技術開発部門で受賞している。