北朝鮮の金正恩は1日1日、異例の「元旦演説」を行った。そこから読み解けるのは、現在の北朝鮮の困窮する「本当の姿」だという。
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貿易、産業が停止している

 北朝鮮は制裁のため、石炭や金属の貿易が厳しく制限されている。火力発電に必要なタービンや原油の輸入も思うように進んでいない。韓国統一省が2018年、ソウルから平壌を経て中朝国境を結ぶ京義線の開城―新義州間(約400キロ)と、日本海側を走る東海線の金剛山―豆満江間(約800キロ)を調査した。トンネルや枕木などの老朽化が進み、京義線の列車の運行速度は時速20~60キロ程度。東海線も、時速30キロ前後でしか運行できない区間が大半だった。こうした惨憺たる状況が、金正恩氏の口を重くさせているのだろう。

 また、北朝鮮が昨年8月に勝利宣言を出した、新型コロナウイルスへの言及もなかった。北朝鮮は20年1月から国境を封鎖している。昨年、中国・ロシアとの鉄道輸送を再開したが、人の往来については再開のメドが立っていない。中国はゼロコロナ政策を撤廃し、感染爆発に見舞われている模様だ。

 北朝鮮は一部、中国製不活化ワクチンを輸入して接種している模様だが、中国の感染状況を見る限り、mRNAワクチンでなければ、効果はそれほど期待できないだろう。こうした先行きの不透明な状況や勝利宣言を出してしまった政治的負担から、正恩氏は新型コロナウイルスについて言及しなかったのだろう。

 そして、北朝鮮が1年前に華々しく宣言した核実験再開への言及もなかった。22年1月仁平枯れた党政治局会議は「我々が主導して講じた信頼構築措置を全面再考し、暫定中止した全ての活動を再稼働する問題」を速やかに検討するよう指示した。豊渓里の核実験場での動きが激しくなり、日米韓は22年5月末の段階で、いつでも7回目の核実験に踏み切れる状況になったと判断したが、その後は膠着状態が続いている。
中国に叱られて核実験ができない

 北朝鮮情勢に詳しい外交筋によれば、中国の習近平国家主席が22年春、金正恩氏に親書を送り、北朝鮮が核実験に踏み切った場合、国際社会で北朝鮮を擁護することが難しくなると警告したという。正恩氏は返書で、中国の指摘は理解したとする一方、核実験中止は約束しなかった。ただ、その後の北朝鮮の動きをみると、簡単には実験に踏み切れない状況が続いているとみるべきだろう。

 正恩氏は中央委員会総会での報告で「核爆弾保有量を幾何級数的に増やす」と大言壮語を吐いた。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が22年6月に発表した報告書では、北朝鮮は最大20個の核弾頭を保有している。すでに50個程度の核爆弾を保有しているという指摘もある。関係国の間では、北朝鮮が年間10個のペースで核弾頭を生産しているという見方はほぼ、定着している。

 ただ、北朝鮮には米国の「核のフットボール」(アメリカ大統領が常に携行するという核攻撃の装置の入った黒いブリーフケースのこと)のような高度な核管理システムは備えていないとみられる。米国の科学・国際安全保障研究所(ISIS)のデイビッド・オルブライト所長によれば、北朝鮮が、核兵器にPAL(Permissive Action Link=行動許可伝達システム。暗号なしでは核弾頭の安全装置を解除できない安全装置)を導入しているという情報はないという。「幾何学的に」大量に作ったのはいいが、管理もできず、混乱するというシナリオも十分考えられる。

最近の北朝鮮を見ていると、過剰なほどの金正恩氏の絶対化という現象に驚かされる。朝鮮中央通信が1日に報道した金正恩氏を巡る表現には「主体朝鮮の太陽」「並外れたリーダーシップ」「最高の愛国者」など、これでもかというほどの美辞麗句が並んだ。娘のジュエの登場が、金正恩一家のロイヤルファミリー化を狙ったものであるように、正恩氏とその取り巻きが権力の維持に汲々としている様子が見て取れる。1日付けの報道では、朴正天党軍事委員会副委員長の解任も伝えられた。金正恩氏に挑戦する人間が出てこないように、今年も側近の入れ替えを続けるつもりなのだろう。 2023年も北朝鮮に振り回される年にしてはいけない。

牧野 愛博(朝日新聞外交専門記者) 1/3(火) 6:03配信
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