ー前略ー

喧嘩、希望、学校…

 ちょっと古い記事だが2010年7月に韓国中央日報に掲載されていた「国籍は韓国、所属は北朝鮮の鄭大世(チョン・テセ)、そして母イ・ジョングムさん1、2」を読んで考えさせられた。

 鄭大世氏の父親は韓国籍で本人もそうだという。母親は結婚前には朝鮮学校で教師を8年勤めていて、朝鮮籍で見合いで結婚した。

 鄭大世氏をどの学校に通わせるのかについても毎度、喧嘩になるほど話し合ったという。父親は日本の学校を望んだが結局、母親の意見に押し切られた形で朝鮮学校に送ったと書かれている。

 私も義祖父(朝鮮籍)が朝鮮総連幹部で、父親(韓国籍)が民団だったが、父親が義祖父と事業を一緒にしていた関係上、家長であった義祖父の強い希望で、私を含めて兄弟は朝鮮学校に通うことになった。
単純な動機

 その後、私は17の歳まで朝鮮籍を有し、18歳になった時に親たちに相談もせず、韓国籍を取得した。その時、韓国籍を取得する理由としては単純に海外旅行に行きたいからであった。

 当時、新婚旅行でハワイに行くことが在日の中でも流行っていたのだが、その手続きを聞くと、朝鮮籍だとアメリカ領土へ旅行に行く場合、
アメリカ大使館、領事館で3回ほどの面談審査があるということだった。それは面倒だという単純な動機で、私は韓国籍を取得したわけだ。

 この記事の中で目に留まったのが記者の「朝鮮学校に通えば政治的に北朝鮮体制を信奉し、韓国に対しては敵対感を抱くのでは」の質問だ。

 私自身、朝鮮学校に通っていた経験からすると、そこでは北朝鮮の主体思想を教え込まれた。

 ちなみに主体思想は金日成の直命を受けた黄(ファン)ジャンヨプ氏と金(キム)ドコンによって作られたと韓国では広く知られているが、
私も韓国で脱北者と繋がる中で紹介された金徳弘氏から当時の話を直接聞くまでまったく知らなかった。
日本の朝鮮学校でもそんなことは教えれくれなかったし、教員すらも知らなかったかもしれない。

私の「祖国」

 朝鮮学校で学んでよかったといまも思えるのは、北朝鮮でも韓国でも通用しない母国語と呼ばれる朝鮮語だ。
それも今、韓国に住んでいて感じるのは普通に韓国語教室で習ったほうが変な癖もつかず確実だなとさえ思えるが、
そういった教室に通わなくても何とかなっていることには朝鮮学校に我慢して通った自分に感謝している。

 逆にいえば、それくらいしかよかったことはない。

 私は韓国籍を有しながら日本で生まれ育ち、現在、韓国で住んでいるが故郷は日本だ。韓国に入った理由の一つには「自分のルーツ」を知りたいということがあった。

 日本で暮らしていると中々、自分のルーツをハッキリと知り得る機会はないからだ。

 そんな私も韓国に移り住んで、自分のルーツに行き着くまでに数年かかったが、ルーツを確認できたといっても自分が韓国を「祖国」と呼べるかといえば、
住んでみてわかったからこそ祖国とは呼びたくないというのが本音だ。

 いま韓国は「日本を超えた」などというが、私は住んで見て思うのは日本のほうがよっぽど住みやすい国ということだ。
韓国ではいろいろな人に騙されそうになったこともあり、うんざりすることも本当に多い。

ー後略ー

全文はソースから

豊 璋(在韓国コンサルタント)
2/26(日) 7:33配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/8dc8d3c373464cd43e33ebf68091c6c3f268c9ee