その翌年の1896年(明治29年)に、民間人の商人である古賀辰四郎(こがたつしろう)に対して、尖閣諸島の5つの島のうち4島を貸与した。(すなわち、石垣島の法務局での登記を認めた)。

 だから日本政府も新聞も、この1895年の閣議決定を根拠に、尖閣が日本の領土であると主張しているのである。

 ところが閣議決定というのは、国家としての決断あって、「国内でそう決めました」というだけのことだ。外国との交渉と、それからの合意(覚書き(メモランダム)とか)はない。国境線や領土の確定は外交交渉を経た決着でなければならない。それが国際社会のルール(国際法)だ。