・シンガポールでの中国の脅迫

 「日本側が歩み寄り、摩擦や衝突を避けるよう希望する」――。これは6月3日、シンガポールで開かれた日中防衛相会談の席上、
沖縄・尖閣諸島とその周辺海空域において活発化する中国の軍事行動に対し、
深刻な懸念と自制を求めた浜田靖一防衛相に向かって、中国の李尚福国防相が発した言葉だ。

 尖閣をめぐっては、あなた方が中国の主張を認めさえすれば、武力衝突の懸念などなくなりますよ……。
「歩み寄り」という言葉の意図はそういうことだろう。ふざけた物言いだが、日本側もこれまで同様に、
中国とは意見がかみ合わないとだけ受け止めるのであれば、尖閣をめぐる日中のせめぎ合いという現状は途方もなく続くことになる。

 これ以上、その愚を避けるためには、防衛相会談という公式の場で李国防相が発した「日本が歩み寄れ」といった言葉を、
政府は“敵失”ととらえ、逆手に取ってみたらどうだろうか。主要7か国(G7)との連携も含め、外交の知恵を発揮する時ではないか。

・尖閣危機の原点はニクソン政権

 今の尖閣危機の原点は、1972年の沖縄返還の直前になって、当時の蒋介石台湾総統がニクソン米大統領に陳情した結果であることは、
多くの資料や学術研究の結果から異論を挟む余地はない。
米国は当初、返還する沖縄・南西諸島に尖閣も含まれると公式に表明していたが、
台湾側が尖閣を沖縄から切り離し、日本に返還しないようにニクソン大統領に働きかけた経緯がある。

 その理由は、国連アジア極東経済委員会(ECAFE)が東シナ海で実施した資源探査の結果を69年5月に公表、
尖閣諸島の周辺海域に中東油田に匹敵するような膨大な石油資源が埋蔵されている可能性を指摘したからだ。
石油に目がくらんだわけだが、当時の米国は、泥沼化するベトナム戦争からの撤退と、
増大するソ連の核兵器に対抗するために中華人民共和国(中国)を惹きつけたいとの思惑から、中国との国交正常化が最優先だった。

 だが同時に、中国に接近するために、台湾の反発を抑え、台湾を慰撫しなければならなかった。
その結果、ニクソン大統領は71年10月、米議会で「尖閣諸島は日本に返還するが、施政権のみである」と説明、
主権については「どの国の主張にも与しない」と表明してしまった。直後の12月、中国が尖閣諸島の領有権を主張するに至ったのである。

・「領有権問題は存在せず」

 米国の態度急変に日本政府は不満を漏らしたものの、中国の主張は、明清時代に琉球に派遣した使節(冊封使)の記録などで、
領有の事実や国際法上の根拠は示しておらず、しかも日本が無主地であった尖閣諸島に国標を建立した1895年以降、
70年余りにわたって1度も領有権を主張してこなかった事実から、
政府は「尖閣諸島をめぐって解決しなければならない領有権の問題は存在しません」(外務省HP)との立場を貫いてきた。

 しかしその後、中国は初めて石油輸入国となった92年に「中国領海法」を制定、中国が管轄する地理的範囲(領土)に尖閣諸島が含まれると明記。
さらに西太平洋への軍事的進出を目論む中国は、尖閣諸島を奪取した場合の戦略的な重要性から、
2012年の日中首脳会談で当時の温家宝首相が「日本は中国の核心的利益を尊重することが大事だ。
釣魚島(尖閣の中国側呼称)は中国の領土である」と主張した。

 この発言を機に、中国は海事関係の機関を統合して海警局を設立、18年には同局を人民解放軍隷下の武装警察に編入、
その後、軍事的役割を明確にした「海警法」を施行し、現在に至っている。
この間、国内では一部の政治家や有識者らが国際司法裁判所(ICJ)の活用を主張したことがあったが、
その時も外務省は「領土問題は存在しない」という政府の主張の論拠をまとめ、「日本が提訴することはあり得ない」としてきた。
ー後略ー


勝股 秀通(日本大学危機管理学部教授)
現代ビジネス 6/19(月) 6:04配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/981c7ef0519e9bb1b2aea4e5461b9ec70a1fff58