拉致問題解決に不可欠な米国の圧力 安倍元首相は生前、岸田外交に「北朝鮮戦略わかりづらい」と懸念

岸田文雄首相は、北朝鮮による拉致問題解決に意欲を示している。
5月27日に金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記との首脳会談に向け、初めて首相直轄のハイレベル協議に言及した。
北朝鮮側は2日後に、外務次官が「朝日両国が会えない理由はない」との談話を出した。両国が呼応する形となったが、
拉致被害者の早期救出は容易ではない。現状と今後の展望を考察したい。

日本が拉致被害者を取り戻すことができたのは、
2002年9月に小泉純一郎首相(当時)と金正日(キム・ジョンイル)総書記(同)の首脳会談が唯一である。
正日氏に日本人拉致を認めさせ、翌月に被害者5人が帰国した。

「小泉訪朝」が成功した背景には、米国の北朝鮮に対する圧力強化があった。
ジョージ・ブッシュ大統領(同)が同年1月の一般教書演説で、北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しして、孤立した北朝鮮が日本に接近してきた。

北朝鮮は米国にプレッシャーをかけられると、その「出口」として日本に近づいてくる。
その好機を生かしたのが小泉訪朝であった。


その意味で、拉致問題を進展させる2回目のチャンスは、18年6月に開催された米朝首脳会談だった。
日本は当時、安倍晋三政権だった。

ドナルド・トランプ米政権(同)の軍事的圧力を受けた北朝鮮は対話路線に転じ、首脳会談に臨んだ。
その席でトランプ大統領(同)が拉致問題に言及し、日本と向き合うことを求め、好感触を得た。
日本側はさまざまなルートで接触を試み、一定のやりとりを続けたものの、日朝首脳会談は実現できなかった。

小泉政権と安倍政権は、米政権と強固な信頼関係を築いていたことも共通していた。

02年の日朝首脳会談に対して、核・ミサイル問題を重視する米政権内からは不満の声も出たが、
ブッシュ大統領から「小泉のやることを理解する」と賛同を得た。

18年の米朝首脳会談の際には、北朝鮮と長年対峙(たいじ)し続けた安倍氏が
トランプ氏に「北朝鮮外交」についてアドバイスするほどの蜜月ぶりだった。

安倍氏は当時、トランプ大統領に、会談場所を韓国と北朝鮮の軍事境界線がある板門店(パンムンジョム)ではなくシンガポールにすべきだと提言したほか、
「サラミ戦術(議題や措置を細かく小出しして、その間に相手から対価を獲得する)はダメだ」と伝え、
北朝鮮の核問題解決のためには「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」の方針を取るべきだとクギを刺した。

現在のジョー・バイデン米政権は、大統領選挙期間中は、北朝鮮に対する強硬姿勢を示したものの、
ウクライナ情勢や対中国問題に足をとられ、北朝鮮問題への関与は十分とはいえない。
その点は拉致問題を進めるにあたって不安材料の一つとなる。

小泉、安倍政権と比べ、もう一つの懸念点が北朝鮮との「パイプ役」の存在だ。
02年の日朝首脳会談に向けては当時の田中均(ひとし)外務省アジア大洋州局長が北朝鮮の政府高官とされる「ミスターX」と極秘交渉を重ね、
安倍政権では北村滋元国家安全保障局長が正恩氏に近い高官と接触を図っていた。岸田政権の場合、こうしたキーマンが見えてこない。

安倍氏は生前、岸田首相の外交姿勢に関し、「北朝鮮についてだけは、立体像や戦略がわかりづらい…」と懸念していた。
北朝鮮を動かすためには2国間関係ではなく、米国の力を利用することが必要となる。
岸田政権にとっては、「総合的な外交力」を問われる局面といえるだろう。 (ジャーナリスト)

夕刊フジ 2023.7/12 06:30
https://www.zakzak.co.jp/article/20230712-LZXCW4HAERJYLBV7V2QI2SNDSA/