宋秉oは、日韓議定書が締結された約半年後の1904年8月8日に独立協会系の尹始炳らと共に、政治結社「維新会」設立。後に「一進会」に改名。

一進会では、独立協会に見られる民主主義、独立国家主義の思想を継承し、「政治改革と民主の自由」を掲げた。また、日露戦争時に設立され、日韓軍事同盟においてロシアの侵攻を阻止することが、大韓帝国に対するロシアの影響力を弱め、さらには欧米列強のアジア進出を防ぎ、朝鮮の復興になるとも考えていた。