◆九州北部の物部王国

九州にはその他の地域にも広く徐福伝説がある。

記紀によると、宮崎で生まれた神武天皇はある日、東征を開始する。
日向を発ち、大分の宇佐を経て筑紫に至るが、
この際に遠賀川(おんががわ)の河口周辺とみられる場所に岡田宮を造営している。

遠賀川流域で発掘される弥生式土器の特徴から、
このあたりは弥生文化の発祥地ではないかと言われている。

なお、遠賀川の河口周辺には
十市物部、芹田物部、島戸物部、弦田物部、二田物部、
狭竹物部、馬見物部など、物部氏が多数集まっていた。
物部氏ルーツを辿れば徐福船団が連れてきた一族である可能性が高い。

九州に上陸した徐福の末裔が畿内に東遷した証拠のひとつとして
大阪・奈良に大量にみられる物部氏に由来する地名と
遠賀川の河口周辺の物部の地名が、名前や位置ともに一致する点がある。

古代史研究家の太田亮氏は、福岡県久留米市にある
高良(こうら)大社が元々物部氏の祖神を祀っていた事をつきとめ、
九州北部に原物部王国ともいうべき一大勢力地があり、
高良大社がその中心地であったと主張している。
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