屈強な身体つきのコーチが、少年の太ももを力いっぱい蹴りあげる。
ヒイーッと悲鳴をあげて泣き崩れる少年。
だが、コーチは手をゆるめない。
「こいつッ、泣けば許されると思ってるのかあッ!」
再び、太ももがいやというほど蹴りあげられる。
火のついたように泣き叫ぶ少年。
「オイッ、顔見せてみろ。涙なんか出ていないじゃないかッ。ごまかすんじゃないッ!」
今度は胸ぐらに鉄拳が打ち込まれる。

この激しい体操に耐えられる者は皆無である。
しかも、くたばるとその場でコーチの足蹴りか鉄拳が、いやというほど身体に打ち込まれる。
甘やかし放題に育ててきた親たちが見たら、おそらく卒倒してしまうのではあるまいか。
登校拒否、家庭内暴力、非行といった情緒障害児は例外なく甘ったれであり、
いやなことは人一倍逃げようとするのが特徴だ。
学校から逃げ、勉強から逃げ、友だちから逃げ、甘い親につけ込む。
その甘ったれたちを逃げ場のない所へ追いつめて、体力と精神力を鍛え、
ヨットでさらに本格的な鍛錬を積むための基礎作りをする。
倒れては蹴られ、鉄拳を受けては立ち上がる。
子供たちは泣きわめきながら否応なしに厳しいしごきに悲鳴をあげ、耐えさせられていくのである。

転倒するのは学校が悪いのでもなければ、友だちが悪いのでも、親が悪いのでもない。
自分が悪いからだ。
自分の操作が未熟だからである。
だから死にたくなければ、だれに文句をいうのでもなく自分で自分を鍛える以外にない。

子供を1人乗せたヨットは波にもまれ、やがて転倒した。
こごえ死ぬほど冷たい冬の海である。
少年は思わずはい上がろうとした。
救命用の高速ヨットに乗ってその模様をじっと見ていた戸塚とコーチたちは少年のヨットに近づいて行った。
そして、はい上がろうとしている子供を海中に突き落とした。
浮かびあがってくると、再び頭を押えて海中に突っ込む。

これでこの子の甘えと突っぱりは完全にうちくだかれてしまった。
彼は2度と「死ぬ」という言葉を口にしなくなり、戸塚らに対して従順になった。