無って何?
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無ってなんですか?
無って言う存在がある限り無ではないと思うのですが? 人間が想像で生み出した概念だし現実にはないかもしれない 対象の否定で理解する
運動ー静止
論理は静止
「存在」は静止、運動量無
飛ぶ矢の逆説が示すこと 無は頭の中にしか存在しない
自然は無で理解される
理解はまた天動説でもある
なぜなら自然観測は静止と仮定して為される
この静止は実在しない
モデルは静止する一点が必要 地球が静止、太陽が静止、銀河が静止
仮定であることを理解していれば良い
天動説は理解の本質
見たそのままは視覚としては真理
それがそのまま自然の在り方では無い 絶対座標、静止は実在しない
光速度一定の原理が示すこと わたし、は赤ちゃんから現在に至るまで同じわたし
対象は物理としては同一であることは無い >無ってなんですか?
なんであれ、なにかであるなら無ではないだろうw 無は実在しないが頭の中に存在する
人間がいなくなったら無は想起されない 学校の教科書とかFFシリーズでは
「最初に無があった、無から全てが始まった」などと教えてるが
無から何かが生ずることなどあり得ないからな
無という状態から何かの作用が働いたということを
想定することは不可能だ
作用が働くという時点で既に無ではないからな 無から全ては始まった
無という状態がどんな状態か、理解出来ていないだけだ。物質が有だとすれば、物質以外が無だ。表現の違いに過ぎないよ。 光や電気のみならず、空間ですら物理特性を持つというのに
物質以外のものとは一体何を指しているのだ? 物質が一切無い状態が無だとすれば、そこには無が有る。物質が一切無い状態が理解出来ないのであれば、自分は無知だと言う看板を高く掲げて歩いているのと同じだ。無は有る。無が真の状態で、有が逆の状態に過ぎない。 真空中にも生ずる「量子ゆらぎ」という状態が最も無に近いだろうが
それすらエネルギーであってなにもないということではない 無はある、って言葉といして成立してないね。低能な猿には学問は不要です 宇宙の外側には何があると思う?
空間の外側にあるもの。
それを無と呼んでいるだけだと思うが。
要は物質以外のもの。 物質が一切ない状態はある←小学生か(笑)一生とんちで遊んでろ 無知すぎて一度生死を彷徨ってもらいたいレベル。
そのあとに知ることになる。 まず、なんで宇宙に外側があると思うんだ
別にそれを無などと呼んでもいない なんで宇宙に外側がないと思うの?
その考えが信じられないよ こいつが言ってるのは、ここにリンゴがあるとか無いってレベルの話だね
物理的なフィールドが前提されなきゃこうした話は成立しない
ここまで言ってもバカには永久に理解できないんだろうが 小学生はチンケな妄想してないで黙って寝てろ、頭が悪すぎてイライラする お前みたいなのがいるから、釈迦は説法をしないと言い張った訳だ。理解出来ないから。
ここを覗いた自分が馬鹿だった。 家が空っぽなのと、家が無いのでは、どちらがいいですか? 人間は金や名誉、「原爆より水爆」みたい強いものに憧れるが、単なる「気の迷い 〜 思い過ごし」だ = 有って無いものだ、という説明。
さりとて、「それは面白い」と 論じて遊ぶこともまた愚かしい、と「有無を離る」べし、とも教える。 無、「むっ」とする
口を閉ざして締め出す
除外、"without"
殻(から)と空(から)
亡骸(なきがら)、な(無)き殻(から)、
息/魂の無い/抜けた殻、"a body without soul"
から(空)のから(殻)、"an empty shell" 大学院の学費出せーっ 高卒のバカどもしねー おまえら産まれてくんなー
などの数々の暴言は無し 存在する物質も粒子の揺らぎも他の物質とエネルギーに相互作用しないというものは厳密無と言われ、無への疑問の回答文に登場する。コレが初めてなら無から誕生したことになるが、厳密にはずっと前から存在していた可能性がある。
故に厳密無は絶対無の存在を示唆するものではなく、無などあり得ないという矛盾した無なのである。 >無などあり得ないという矛盾した無なのである。
無が無いなら矛盾していないだろw 有という概念自体が有を前提としているのだから
有から無を論じたら矛盾を生じるのは必然である
というのが存在論の出発点だろう
従って有という概念の吟味において「有と無」という概念ではなく
時間性に根源を求めることになる
「存在と無」などという考えを認めないのは当然かも 時間とは「存在する」というものではない
ということになるが
果たしてそれは一体なんなのか?
頓挫したまま終えるのも仕方がない 概念は脳内の電気信号によって生じており、進化の流れで細胞の感受性から恩恵を得て意識を持った思考と行動をするだけである。現実世界に光の速さを超えるものはない。
しかし、そりゃ脳内の電気信号によってあれこれ考える我々にだから言える真実であって、本当の真実ではないかもしれない。
神の存在を信じている人は少なく、人間が一番怖いんです!というのは当たりで本当の真実など知りたくもないから欲望を満たしたいというのが答え。
このように人間がなってしまったのは、やはり神のせいにちがいない。 厳密に有を語ると
ここにあったまったく同じ量子が
瞬時に5キロ先で発見されるという
この量子的飛躍が科学者を悩ましている
時計で今を図ろうとしても
瞬時に次の秒になるので
今というのは永遠に測れない
ということは
アナルにおちんちん 有があるとも今の段階では言えてないのさ
あるように見えてるだけで
量子を解決しないかぎり
時間を解決しないかぎり 「無」の側からしたら有る無しの概念すらないとおも
全部こちら側からの考えだし 分哲は、哲学者研究、哲学史研究、思想研究なんかに回収できなかった
哲学を志向する人たちを閉じ込めるために哲学として偽装された牢獄 あることを知覚するには逆のことをするといいと思うので、まず有を意識してみてはどうか。引くのが難しければまず足してみるのはどうか。 >まず足してみるのはどうか
用を足すと、用が無くなるのはなぜですか? 分析哲学徒となんて
存在しかないということを前提としている
という自覚すらないボンクラだろ 有を否定すれば良い。それが無である。
次に、その無を否定すれば、どうなるか。
バカには理解できない。大爆笑である。 偏差値75は200人中首位だ。
偏差値68まで緩めるなら8位以内だ。
もっと下げて偏差値65なら13位以内。
落ちこぼれを考慮に入れて考えなければならない。
∴‖∴
∴\∨/∴
*│* =>*<=
*\※/*∵/∧\∵ ドーン
─※*※─ ∵‖∵
*/※\* ・ ドーン
*│* i i
/⌒ヽ i
<二二二フ i
 ̄ (´・ω・)  ̄ ̄ ̄ ̄
( )つ
し-J | パチパチ
*゙|`*
* * パチパチ ということなの浅葉くん。
ここで一つ言えることがあるとすれば、それは
貴方が私をクレイプしたことで私がどうなってしまうとか、
そういった通俗的なお話以前に、私に手をだせばその時刻、その瞬間から、
今の綺麗な夜空、今の私が消えてしまうということなの。 「無」とはなにか。
それは「有」ではないのだが、「有」ではないものが「ある」のだから「有」である。 「無」は「ある」。
本当の「無」は「ない」のだから、語れるものではない。
語れるものは「存在」してしまう。 無はそんなに難しいか?
真空は想像できるでしょ?
空間に物質がない状態
空間をどんどん小さくしていって
空間がない状態も、一応想像できるよね
あと時間が止まった状態も想像は出来るよね
この三つを合わせた状態でしょ
想像するの難しいかな? >>71
ドラゴンとか妖精とか本当にはないものを人間はいくらでも語れる
想像の力で 語れないものが本当の「無」である。
「本当の『無』」などと語られた時点で、それは「無」ではない。
語れないものはどこにあるのか。
外延性の公理では「無」も外延として語れてしまう。
内包性の公理ではどうなるか。
分出公理では「無」も語れてしまう。
語れてしまううえにパラドックスをひきおこす。
そこで置換公理だ。
置換公理には語れないものがある。
この置換公理に内在する語れないものを語ろうとするとさらに語れないものができる。
そのような公理の公理たるものを定式化できないか、と考え中。 例えば言葉でいくらミカンを語ってもミカンを完全に語る事はできない
言葉は不完全だから
無についていくら語っても無を完全に語る事はできないかもしれないが、語ること自体は出来る うーん、問題点がなんなのかを理解してもらう語り方を考えねば...
これは難しいw そういえば、「有る」とは何か?「存在する」とはどういうことか?説明してくれと言われて困ったことがある
言葉の基本的語彙は本当に言葉で説明しにくい
そういう意味では無いとか無も、言葉で説明するのは難しい
そういう話? 公理的な「無」の追求/探求ですね。
「無」そのものは公理としない。
語られたものは語られたものとしての「存在」なのだから、それは「無」ではない。
「無い」わけではないが「存在」より弱い(語れない)もの。 あなたの語りたいのは「無」そのものですか?
それとも「無」そのものを指し示している「無」の概念ですか?
どちらですか? ぶこつ【無骨】
《「骨(こち)無し」を音読みにした語》
骨ばってごつごつしていること。
む‐こつ【無骨】
骨のないこと。骨なし。 「無」そのものを語ろうにも「語れないもの」であり、
それゆえに「概念」もない。
なにしろ「無い」のだからどうしようもないのである。
「無」という概念は「無」そのものの概念ではない。
また、「無」という名も、本当の名ではないw
それでいて、われわれの世界のいたるところに「ある」。 >>83
無そのものについてについて語れない理由が分からん
私はあなたが無について語ってると思うよ
語れないというのが勝手な思いこみじゃないのはどうして?
あなたが「語れないと言ったら語れないのだ」と言い張るなら、そう思うのはあなたの自由だけど 「無い」から語れないのであり、
語ってしまうと、語られたものとして「有る」ことになってしまう。
パラドックスを抱える。
(ラッセルのパラドックス、あるいは素朴集合論におけるなんらかのパラドックス) >>85
無そのものはなくても、その概念は存在していい
そこに何の問題もないと思うのだが 公理的集合論に内在する語れないもの。
語れないというか、語ってはいけないw
by 湯殿山 「語れない」ということの重要性/必要性。
とりあえずカルナップとヤスパースですかねぇ。
ウィトゲンシュタインではないなw >>1 無とはゼロ。
では、無とかゼロとか、人類はどこで考えているのか??
それは、脳 で考えている。
そう、すべては、自己投影 という 幻。
一方、現実は確かに存在する。
しかしその現実を認知しているのはお前の脳だ。
誰も、自己投影から逃れて、現実を認知することはできない。
つまりすべては、自己投影。幻である。無もゼロも。
それでも、現実は確かに存在するし、
無=ゼロという概念を人類は共有している。
色即是空、空即是色。
心理学 投影 で検索 語れぬものとは、写像できないもの還元できないものである。
数学的には写像であり、哲学的には還元だ。
「無」は、「無い」あるいは「不在」とは異なる。
しかし、「無」は「有る」のであって、かつ、「無い」。
発振回路だ。
この宇宙が、「無」という発振回路によって生み出されて駆動されているとすれば納得できる。 P∧¬P
いわゆる矛盾律あるいは爆発律である。
なんのことはない、これを|P>+|¬P>とみるならば、「量子」である。
量子論的な「無」とは、何もないのではなく、古典的な情報としての同一性を持たない、ということ。
「ランダム」といってしまうと、それでもよいのかなと、思ってしまえる。
量子論あるいは情報論的な「無」。
素朴な「無」や古典的な「無」からみれば、みとめがたいかもしれないが、
現実的な「無」である。
ヤスパースを否定したw「非暗号論的宇宙」=「ランダム宇宙」。
否定したにもかかわらずヤスパースを援用すると、「限界状況」によって、
ランダムに偏りが生じる。
そして「破れる」。
これはランダムにおける「必然」的状況である。
文学的には、量子宇宙は「自らを語るもの」である。 無いということを命名し認知すること。
対象にたいする「無い」の有無を考えたまえ。
対象が不明なのに無いという思考が出来ると思っているお前に教えてやっているだけ。 対象が不明なのではなく、同一性を持たないわけですよ。
ちゃんと勉強してくれ。 「無」というクラスは真のクラスである。
「無」そのものは「無い」のだから語れない。
語れているのは「無」ではなく「無という概念」であって、
「無という概念」は「ある」のだから「無」ではないw
「無」を「集合」の逆パターンと考える。
「無」を「集めない」のだから「無」以外が集まる。
「無」が「無い」とすれば「ある」。「無」の「無」は「ある」。
それはやはり「無」なのだから「ある」では困るのだ。
ラッセルのパラドックスの「無」版。
集合論のパラドックスより深刻であるw
そこで考えるわけだが、この「無」が自然を作り出しているとすれば、
人間が考える程度のあらゆることなら解決できてしまう。
万物の理論となりうるわけだ。
dialetheism
真矛盾主義的自然こそが本物の自然なのか。 >>97
無という概念はあるのは全然構わないと思うが
何で駄目なのかな?
「無」と「無の概念」は別物だよね 263 :彼氏いない歴774年 :2020/02/21(金) 03:36:12 ID:RAuJgAGx
一生使うことないと見下してたバイブを深夜の思い付きで突然買ってしまった
使用一回目にして人生で初めて中イキというのを体験してしまった こんなすごいものとは思わなかった そう、「無」と「無の概念」は別物であって、
古来から現在まで、「無」が語られたことはない。
なにしろ「無い」のだから語れないのであるw
クラスとしてなら語れるのか、と、試行錯誤してみたが、
はたしてそれをクラスとしてもよいのかどうか、というところ。
通常は帰属函数のようなものになるのだが、「無」だけは帰属しないという函数になる。
「無」のクラスには、「無」自体も帰属できないw
ともかく、「無」は「矛盾」であり「混沌」をうみだす。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています