高畑充希
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最近よく考え事をします。
時間があるって良いなあと、こういう時に思うのですが。
最近は、緋誘中傷について、 考えていて。
今、多くの人が考えているテーマかもしれないのですが、
私はなんだか久々に麻碑させていた傷口をプチプチっと開かれる感じがしました。
私も時々、詠誘中傷を受けます。
普通に生きていたら口に出すことが無いような相手の心を挟るためだけの言葉を思いっきりぶつけられることがあります。
俳優業は華やかに見えるかもしれないけれど、多分計誇中傷を受けたことが無い俳優さん女優さんは存在しないんじゃないかなと思うくらいに。 ほぼ100%受けます。
(共演者に男前な人気者が居る場合なんかは特に! 理不尽だっ笑)

最初はめちゃくちゃ驚きました。
だって、会ったことも、 話したこともない顔の見えない人から、言葉でグサグサと刺されるんだから。
道を歩いていて、 急に通り魔に刺されたような。
え?!と動揺している間に、 気付けば心が死んでいました。
運良く身体は死ななかったから、 今こうして文章を打てているんだけれど。
そして後から気付きました。
あ、沢山の人に知ってもらえるようになったタイミングと急に刃物が飛んできだしたタイミングって一緒だ!と。
人には好き嫌いがあります。
私だって自分のこと、好きな部分も有れば、 嫌いな部分もある。 内面も、 造形も。
だから、10人の人が私の存在を知っていて、そのうちの1人が私のことを嫌いだとして。
1万人の人が私の事を知ってくれるようになったら、当たり前に、嫌いだと感じる人も増える訳です。
当然じゃん!簡単な算数じゃん!
と思えたのは最初のショックから少し経ってからのおはなし。

だからといって、 何言われてもへっちゃら~! というアイアンウーマンになれた訳ではありません。
ちょっとくらいは麻陣させられるスキルを手に入れている私たちですが、やっぱり傷ついちゃう。 ニンゲンだもの。
何が悲しいって、 それらの言葉はほぼ全て、何かしらの媒体を通して作られた自分に対するものだから。
目を見て、身体を触れ合わせた上で感じさせてしまった反感ではないから。
そしてその解釈がこちらの本意とすれ違っていても、 反論が出来ないから。
相手の顔が見えない、 ってそういう事なのです。
両手を縛られて、 動けないようにされて、覆面を被った知らない人に金属バットで殴られている。
そんな感じなのです。
まったくフェアではないのです。
そしてきっと、 その殴っている覆面の人は、 ほんの少しの後ろめたさを刹那的な程のその人の正義感で丸め込んでいるんだと思います。
こいつの方が悪いんだから、 自分はヘイトする権利がある、 当然だ!ってね。
かなしいね。

ただ、そんな私も勿論、毒は吐きます。 笑
聖人君子じゃないからさ、 笑
でも、友達だったり、 家族と話す中で。
わざわざネットに書いたり、会った事ない人のアカウントに攻撃しに行ったりはしない。
だから、言葉の刃を向けられた時はいつも、“あ、この人には他愛もない毒を話せる親しい人すら居ないのか……、と、
なんとも切ない気持ちにもなる訳です。
必殺·哀れみの術!!!
の使い手になってきた私です。