『おちょやん』『スカーレット』『なつぞら』のヒロインの力強さ

いまの『おちょやん』も前々作の『スカーレット』も、
貧しい育ちだからこそ、彼女たちはエネルギッシュで
どんどん前へ出ていく。成長したのちも、
自分の力で世界を切り開いていく。
『おちょやん』は芝居の世界で、『スカーレット』は陶芸で、
『なつぞら』はアニメ制作で、自分の世界を作り上げていった。
貧しさを笑われても、それをはねのけるパワーを持っていた。
言われたら言い返す。自分からどんどん前へ出ていく。
ある意味、生意気だし、大人の言うことをなかなか聞かない。
そういう彼女たちのパワーをもらうドラマである。
元気がほとばしっているから、それを少し分けてもらう。
ただ、正直なところ、見ていてちょっとついていけないときもある。
大人として見ていると、もうちょっと人の話を聞いたらどうだろう、
と、ときどきおもう。
でもそれが正統派の朝ドラヒロインである。
貧乏な育ちでなくても、中くらいの家庭でも(「半分、青い」)、
いいところの出でも(「まんぷく」「あさが来た」)、
朝ドラのヒロインは、もともとの場所に安住せず、
自分のやりたいことを押し通して、道を切り開いていく。
それが朝ドラである。

『おちょやん』や『スカーレット』は修羅の物語だった

『エール』は、それに比べてもっと穏やかであった。
主人公の裕一は、運動はからきしだめだったし、喧嘩も弱い。
あまり自己主張しない。負けん気の強さも見せない。
女の子との取っ組み合いでも負けてしまい、
そのあと照れ隠しにへらへら笑う少年だった。
“大将”に、悔しいときに笑うな、と怒られていた。
ふつうの、弱々しい少年が主人公だった。
たぶん、このドラマはそこがよかったのだ。
「正統派の朝ドラ」は厳しい状況で育ち、
そこを抜け出すために戦いつづける。
きつい言い方をするなら「修羅の物語」である。
もちろん周囲に愛され、助ける人がいて、
またヒロインはまわりを助けていく。
友愛にもたくさん包まれている。
でも、芯の部分ではたった一人で最後まで戦い抜くしかない。
当人には修羅を生きる覚悟がないと成り立たない。
そういう物語である。