応仁の乱くらいにはお公家さん財力無くなって牛車や曳く牛やら維持できなくって幕末までそんな調子。
世界的に、動力源の主力は、古代には人力、中世に畜力、近世に風水力、近代は熱機関というものなんだけれど、日本は世界的見て遅めの古代の後半〜中世の前半に畜力が主力になりながら、
中世の後半に人力に逆行。牛車も廃れれば馬車も無い、駄獣すら十分でなく、荷物は人が背に肩に背負い、貴人の乗物は人の肩で担ぐ駕籠。
騎乗はせず専ら田んぼを耕す犂を引かせていたので、その為に体格の小さなものが好まれ選抜されていた結果、、幕末には馬とてもじゃないが人が乗れる大きさではなくっていた。