>>198
>>199
さいたま族と思われる民族が歴史上に現れるのは、俺の住んでいる砂壁竪穴の家のような家で生活する、俺を含む妙な一族だけでなく、縄文以降、弥生時代以前と思われるこのような家の遺跡がさいたま市や鴻巣に、東日本大震災が起きた翌日に発見されたため、
東日本大震災の報道で全然報道されず、震災のどさくさにまぎれ、なかっかことにされ、遺跡も「遺跡ではなく戦時中の防空壕」と、その遺跡を調べた、政府ご用達の専門家が発表したため、令和2年の3月1日までに、俺が自分の家や、自分の親族の家に奇跡的に残った、文献やら古文書の断片を、一族総出でそれらを適当につなげてたり、はしょったり、あるいは加筆修正して(笑)
わからないところは、鴻巣と大宮のそれらしい場所を調べて、縄文以降、弥生時代以前と思われるこのような家の遺跡らしきものを「防空壕でも自然にできたものでもないので、多分遺跡だろう」と結論付けた。
その結果、埼玉の鴻巣や大宮あたりに、縄文人や、弥生人とは違うかもしれない、少数民族、我々の遠い先祖がいたという、仮説を立てた。