「感動した」っていう衝動みたいなものを人は作品に求めているのでしょうか。
しかしパラダイムとか環境とか教育とかで鑑賞者の感動って簡単に左右されるものだと思います。
この時代にモナリザを観て感動することがもしあったとしても、描かれた時代と同質の感動ではないわけです。
そもそもアートにとって作品とは、それを媒介としたコミニュケーションのツールだと思うのです。
大切なのは自立した作品ではなくてその作品が介在するコミニュケーションそのものなのです。
もちろんその関係の在り方はいろいろと多様性があってしかりだとは思いますが。