当時のヨーロッパに、宗教を侵略のための道具視する明確な意識があったわけではないんだよ。
異教徒は異教徒であることをやめなければならない、というのは、信念なの。そのことに異論の余地なんてない。
そういうのと同時に、敬虔なキリスト教王権の保護下に元異教徒たちの土地を置いてやるという「恩恵」を与える、
という意識が同居してるわけ。

現代人の「飽くなき欲望」「拡張主義」みたいな発想を当時の人達に投影して考えるから、理解を間違えるんだよ。