宇野:例えば最近の黒人監督の作品でいうなら、『ゲット・アウト』(2017年)のジョーダン・ピールや『ムーンライト』(2016年)のバリー・ジェンキンスのような「新しい才能が現れた」という興奮はなかったんです。

磯部:ライアン・クーグラーを映画監督として評価出来ないポイントというのは、具体的にはどこにあるんでしょうか?

宇野:単純に、マーベル作品の中だけでも、かつてのエース監督であるジョン・ファブローや現在のエース監督であるルッソ兄弟の作品と比べて、印象に残るようなショットが撮れていない。

田中:なるほど。

宇野:アクション・シーンは教科書通りで新鮮さがないし、アフロ・フューチャーリズム的なワカンダの風景は一見新鮮だけど、画面の中ではとても書き割り的。
ワカンダのラボの真っ白なデザインや、クライマックスの対決の舞台となるリニアモーターカーの線路の真っ黒なビジュアルも、背景としてアイデア不足だと思いました。
映画監督にとって大切な資質である、空間のデザイン能力が全体的に低いんですよね。
それが一番顕著に出てるのが通常の会話シーンで、そのほとんどが退屈なバストショットの切り返しばかりで、喋ってないキャラクターは突っ立ってるだけ。
物語をテンポよく語ることには成功しているんだけど、すべてが物語に奉仕していて、映画的快楽、つまり動いている人やモノを見る快楽がないんです。