この映画は犯人特定が主眼ではない、という見方は否定はしません。
けれど、この監督が、プロットや伏線の張り方やセリフの言い回しも含め
これほど細部にわたって丁寧に作りこんでいるのに、
犯人に関しては(いくら主眼でないからと言っても
)杜撰に描くとは考えにくいでしょう。
むしろ犯人を暗示する手がかりについても
周到に仕込ませていると考えます。

アバークロンビー署長は、
「7ドルの男=バーで過去のレイプを話した男」
の調査結果について開口一番
「男は事件当時国外にいた、だから犯人じゃない」と説明します。
納得できないディクソンは
「でも他に事件の犯人では?」「当時彼はどこに?」
としつこく食い下がる。それに対して署長は最後に
「男には指揮官がいて、9ヶ月前に帰還した、どこの国にいたか分かるだろう?」
と説得しようとします。
ところで、その前のバーのシーンでは男は
自分がレイプをしたのは「9ヶ月ほど前だ」と連れに話しているのです。
このことはつまり、男が帰国してからレイプをしたことが十分考えられ、
むしろ「国外にいたからあり得ない」
という最初の署長の発言が疑わしいことを作者は暗示していると思います。
そもそも署長がいきなり
「DNAは一致しない、他の事件のDNAとも一致しない、出入国記録も調べた。
男は事件当時国外にいた、指揮官とも話した」
と一方的に畳みかけるような説明をするのは
ディクソンでなくても聞き手が違和感を覚えるところでしょう。
DNAが一致しないのなら、それが無実の決定的証拠になり
男の入出記録の調査やまして男の指揮官とも会話する必要もないのですから。
ディスクソンには、男を犯人と見るのをあきらめてほしい、
さらに、男についてこれ以上調べてほしくない、という意図が感じられます。
事実は署長はDNAが一致したことで逮捕に向けて動き出そうとしたところ
軍あるいは警察上層部から
「DNA一致は事実誤認だ、男は犯人ではない。この件はこれ以上捜査をするな」と圧力をかけられた。
長いものには巻かれろの署長は、自分が受けた同じ説明をしてディクソンを抑え込もうとした、
と見るのが自然でしょう。