中学の体育館にはなぜかグランドピアノがあって、Yさんという3年生のお姉
さんがいつも練習していた。体育館の掃除のとき冷やかし半分で唯一曲名を知
っている乙女の祈りを弾いてくれるよう頼むと、お姉さんは嫌な顔一つせずリ
クエストに応えてくれただけでなく、練習していたショパンの幻想ポロネーズ
のさわりまで弾いてくれた。中一の生意気坊主が初めて聴くピアノ曲ながら、
厳粛な気分になったことを覚えている。あとで音楽の先生からYさんは東京の
音楽高校を受験するため、午後から特別の許可を得て授業中も体育館のピアノ
で毎日練習していると聞かされた。そして卒業前、全校生徒の前で練習の成果
を披露されたとき、その凛とした姿にこれから上京して受験に挑むお姉さんの
決意と気魄に触れた思いがして、胸が熱くなった。
 そんな実体験を思い出しながらこの映画を観たが、主人公の栄伝亜夜に過去
のトラウマを断って新たな未来を切り拓くためコンテストに臨むという決然と
した意志と闘争心があったかといえば、その表情からは何も読み取れなかった。
役者の演技が幼な過ぎたからか…。吉永小百合さんは「演じようとして演ずれ
ば嘘になる」と仰っていたが、演じようとしてピアニストの雰囲気を醸せない
役者も困惑するばかりでした