押井守について、作家として冷徹な評価をするなら、押井守という作家は日本がバブルじゃなきゃ生み出せない余剰的存在だった。まあアニメ文化自体もそうだけど。映画表現の芯を突くという所には到達できなかったし、むしろ邪道に邁進していった。
それを「作家性」として担保できていたのも日本の景気が良かったから。日本のアニメは、国力が衰退しても生き残れるほど芯のあるカルチャーには育てられなかったわけでね。押井の場合、学生映画みたいな青臭いノリのままでもプロとしてやっていけてたのも、そういう時代のよりけりだったのね。
押井の栄枯盛衰が日本の経済力と連動してるのは否めない事実で。