クラシック評論家総合スレPart4 [無断転載禁止]©2ch.net
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>>410
仰る通りかもしれん。ものを知らない、未知の領域にスリルを感じない、
苦言から奇貨を得る発想もない、そういう人に限って悪目立ちするような気が。
私があまり好きでない某氏の場合、語彙不足というのもあるんだけど、
嫌いなものはアナリーゼもそこそこに断罪するのに、好きなものだと記念日女化。
「楽譜も読めない癖に」という割に、音楽以外は聞きかじり。なのに脱線癖が。
時には「正確な情報だけ寄越せ、評価は俺がする」と言いたくもなるのさ。 >>412
誠実さが見えないと読む気にはなれないかな。 >>413
確かに「誠実・不誠実」の方が表現としてこなれているわ。ご指摘サンクス。
当初「後日ネットで舌出すなよ、正直に書けよ」というつもりで書いたんだが、
よく考えたら言葉の隙間を衝いて「自分に対して正直」とか言い出しそうだ。 「しごとができないやつがかんがえたとてもしごとができるぼく」の姿と
「仕事が出来る奴から見た典型的な仕事が出来ない奴」って、ほんっと近似値だよな。 http://blog.goo.ne.jp/pfaelzerwein
戦後西ドイツを代表する音楽評論家ヨアヒム・カイザーが亡くなったようである ―
アドルノやシュテュッケンシュミットはについては今ここには含めない。詳しくは改めるとして、確かにエッセイストとして文章は上手いが ―
吉田秀和よりはましかもしれないが ―、
なぜか音楽評論というのは美学的に程度が低い。 >>416
『「しごとができないやつがかんがえたとてもしごとができるぼく」の姿と
「仕事が出来る奴から見た典型的な仕事が出来ない奴」って、ほんっと近似値だよな。 』
という意味。 >>416
「多忙な僕は寝る暇もない」とSNSで鼻の穴おっ広げるようなひとに対する皮肉か、
あるいはそういう皮肉を言う一般人を指して「しごとができないぼく」と揶揄して、
「評論家に対してエラソーに理想像ぶつけてるんじゃねーよ」と反撃しているか。
最初前者の解釈だったんだけど(ビジネス誌なんかでよく取り上げられるネタ)、
よく見たらどちらの解釈も成り立つな。言葉とはかように難しいものである。 字幕を出版したいという発言には、原典に対する敬意が見られないな。
ヴァーグナーやホーフマンスタールの台本から発想した俳句集でも作るべきだな。 >>422
漆黒の我欲。今日も今日とて抑えが利かず。 上の方で「貴族ごっこ」という表現が出てきたけど。
宮様の話題が出て、「やんごとない話題」と言われて、
自分がやんごとないと言われたものだと解釈してらしたよ。
あれはごっこではない、なりきりだ(滝汗 >>424
周りに貴族層が全くいないお集まりだから、ごっこやなりすましが成立するのであろう。
やんごとなき人々は、そもそも、やんごとなき&やんごとないといった表現に反応せず、きょとんとしておられる。 「第一楽章の提示部、ハッキリと描き分けていることにはどんな意味があるのかな?
と考えつつ家路に着きましたが、途中で飲んじゃってどうでもよくなってきましたw」
・・・これか「嫌いなものだとアナリーゼもそこそこに」ってやつ。嫌いってか、興味ないんだろ。
歌手出てこないし。こんなことまで呟くからヲチ対象なんだな。称号は「小物界の大物」で。 書き忘れたのでつけたし。
このひとから「高み」という表現を抜いたらどういう文章が出来上がるんだろう? >>427
多分、チビの虚勢がよりハッキリと描き分けられながらも、最後は論旨不明の混沌と化すんだよ。 >>428
('A`) ウヘァ 納得したけど、いたたまれないw
次の一手は多分「アンチが沸くほどの大物です僻まないで下さい(ニヤニヤ」。
小物界の大物だからきっとバッチリ決めてくれるはずさ!
ま、マジノ線ぎりぎりにかまって砲撃ちまくって相手の許容量を測るのって、
最近日本海側でよく見る光景だけどな。 >>429
一つ質問ですが、ツイッタラーの准教授?教授?大先生が今後失速したら、代わりに誰が浮かび上がればいいのかな? >>430
失速する前にずるずる補給線が伸びて手がつけられなくなる事態を予想。
本人へらへらが止まらない上、当てが外れたのを意地でも認めたくない人達が頑張りそう。
現に関連他スレでも、早速「大物」キャンペーンが始まったみたい。
それと、どうも「このスレ参考にして若手にクリンチしてるのか?」ってのが目につくんだ。
名前挙げると「俺その人と知り合い」「実は俺の方が上」ってことになりかねない。
思うところはあるが、迷惑かかるかもしれないので控えておく。スマン。
>>432
どこぞの表象系の話、らしい(あえてぼかす)。上述の「関連他スレ」で見た。 ・売り出し方モロバレ、次の手も読むのがチョロい。 >その時点で大物でも一流でもなくね?
・たとえば初期教育だのお留学の経験だのを取っ払ったら何が残るん? >なんちゃって桃尻誤訳? 今までいろんな人がいろんな所(このスレ、他スレ、ブログ、SNSなど)で
「補助的手段で自己主張し杉」「へらへらし杉」と指摘してきたけど、どうせ大勢には影響ない。
「憂さ晴らし乙」「嫌なら見るな」と認知バイアスかけて終わりじゃないか。
見限られた理由も忠告も見て見ぬ振り。ま、それでいいっていうならいいんじゃないの?
今後は字幕or曲目解説orコラム担当は誰それって最初から明記してほしい。
自信があってのことなら何も問題ないだろう。「渾身の書き下ろし!」と言って堂々としてなよ(笑 >指揮者と、奏者と、聴き手と、全員にとってもっとも心地良い音響のバランス&テンポを設定することができれば、
>それだけでグッと名演に近づくのでしょう。もちろん5番に限った話でもないし、
>ブルックナーに限った話でもないけれど
作者の意図、敬意、高み。この三つの単語を抜いたら本当に何も残らない気が。
肝心の中身について説明省いちゃってるし、
終いにゃ自分でこれがテンプレだって言っちゃってるし・・万能調味料「秘伝の化調」みたい。 あとホールの響き。
ホールもまた楽器でもあるんだよ 「皆様もご存じの通りです(ニヤニヤ」みたいな口の利き方。
「音楽を語る方はドイチュ語も堪能なはず(ニヤニヤ」とかね。
伝え方一つでこんな嫌味に・・・、とこちらが焦ってしまう。 音楽を聴く資格、語る資格、っていうのも追加で。
ここで2ちゃん大好きと言われているが、時々他スレを見てなるほどと思うことがある。 後藤のオバハン
一生くそももとつるんどけ
イギリスで骨埋めとけ
最低の耳したジャーナリストやで 研究対象から外された途端、あっちで吹っかけるわ、こっちでクリンチするわ・・・
やることなすことウォッチャー諸兄の見立て通りか >>444
批判したい相手がいれば、協賛者を求めずにやれば良い。的外れの批判なら返り討ちにあうが、自信があるなら畏れずにやれよ。
因みに、俺は君の意見にほぼ賛同してます。 >>445
レスd。諸兄の指摘を参考にしてヨソを見ていたら思うところがあったんで
賛同を募るというより他スレ民への一種の警報用ブイですわ 久しぶりにあの話題か。ただ他スレではここで話題になる前から名指しで非難されていたし、
ヲチ対象としては割と歴史がある。それでも当初俺は書き込むつもりはなかったんだが、
あるカキコを見て「嫌な思いをする人は少しでも少ない方がいい」と思ったクチ。
放置されたら放置されたでこじらせるし、ここ見て落ち込んだらしいのに挑発やまないし、
手に負えんけどな。 最近アマゾンのレビューで低い点をつけられた本の著者本人が反論するという例が出始めている
ぜひクラシックの本でもそういう動きが活発になってほしい
まともな反論ができるならねw >>448
俺のヲチ対象は全部自分で呟いてるからね・・・。一応裏は取ってある。
ウェブ上であんなことまで呟いちゃってさ、演者にも裏方にも観客にも失礼だろうよ。
スレみてぐさっと来るくらいなら、色々言われないよう言動に気をつけなよ、ってね。
周りがおだてるばかりに見えるんで敢えてキツめかもしれんが、
貶めるのが目的ではない。是非ここから奇貨を得て欲しいと思う。
もちろん屁理屈でない反論があるならそれは聞いてみたいし、最大限尊重したいね。 君が代聴くと吐き気がするとか
戦争反対する今生陛下が生理的に嫌いとか
教育って偉大ですね 思想信条もだけど、思考パターンって教育に左右されがちだとは思うね。
最初から決めつけて「あーあー聞こえなーい」と殻に閉じこもる。
ティーチャーズペットって教える方も教わる方も楽そうじゃんw
教育者が公共に対して無自覚すぎるのは問題だろ、というのが俺の一貫した意見。 うるせえんだよ
後藤のクソババ
黙ってろ
口出しすんな わかりもしないのに
もっともらしくほざくんじゃないよ
いちいちイギリスから首つっこんでくるな 日生劇場がヤバ、とか聞いて
あーやっぱ利権で食いつぶされてるのかとオモタ この対談を聞く限りでは林田って楽器を触ったことがないように感じられるけど
実際はどうなのかな
http://ottava.jp/mall/yamdakazuki_02.html 韓国の財閥関係者や中国の超富裕層とお友達とブログやFBに書いてる売文家がいたな 「演奏中感激してずっと泣いてた」と手紙送ってきたファンに対して
「一度みてもらえ」と言い放ったといわれる伝説の男ハイティンクと、
誰とは言わんがやたらと人前で号泣アピールする評論家さんとの激論を読んでみたい。
「愛してる、言ったその目が死んでいる・・・」的なあるあるがかすむような反論を期待。 http://yakupen.blog.so-net.ne.jp
日本国はとうとう戦後にアメリカから「押しつけられた」社会を捨て、大唐帝国以来ひれ伏し続けた中国に近い「白い社会主義国」になった歴史的な朝、
皆様、いかがお過ごしでありましょうか。 人前でやたらと号泣アピールする評論家さんって、いったい誰なんだ? 評論家は音楽に人生を感じたとかいろいろ意味を見出すようです。それで結構です。
たとえばカラヤンが自分のカメラの映り具合を気にして、団員はきちんと合わせることだけ、あるいは
休みの部分では帰ったら何やろうかななどいったことを考えて演奏しても評論家は神を見たとか言うわけです。
人生と同じ、いろいろです。入場料を上げるほど人が入るとか、スノッブなことで自己満足するとか。
団員側からすると今日は特別だったとか言いますがリップサービスです。やっつけ仕事です。今日はこれか明日は
あれかてなもんです。指揮者なんて誰でもいいんだ、俺がすごいんだが本音です。会社で上司が評価されて気に食わない社員
と同じです。でもそんなこともどうでもいいんです。自分が食っていければ。要は適当すぎても真剣すぎてもだめです。
ああそれもそうだね、これがプロの演奏家です。 【音楽教養を深める14ヶ条】
1.CDを買え。なんだかんだでCDはいま一番安い。
2.1つの楽曲・作品について何枚か聞き比べてみよ。
3.失敗を恐れるな。買って損するCDは避けられない。
4.自分に合わないものは、無理して聞くな。
無理して聴くから嫌いになる。愚である。
5.長い楽曲への耐性をつけよ。たまには長い曲も我慢して聴く。
ブルックナーを聴いて居眠りした大評論家もいる。
6.しかし、全曲にこだわりすぎるのも愚である。
ニーベルングの指環を一晩で聴く必要はない。
分割、つまみ聴きもアリである。
7.CDを聴きながらノートを取るな。
分析的に聴くのはつまらぬ評論家に任せよ。
音楽に身を任せ、浸したまへ。
8.人の意見や名曲名盤の類に惑わされるな。
偉そうな物言いをする評論家が光速で佐村河内に騙された
お粗末である。こういう手合いを信用するな。
9.たまにはプロデピューサと録音技師を確認せよ。
しばしば貴重な情報が得られる。
10.ガイドブックは批判しながら読むべし。
活字になっていると、何でももっともらしく見えるものだ
11.オヤと思う箇所は楽譜にあたるのも吉。
意外に楽譜通りだったりするから痛快である。
12.古い録音を侮ることなかれ。新しければ良いものでもなかろう。
13.ライナーノーツは輸入盤を読むべし。辞書を引いて読むこと。
海外と日本のレベル、彼我の差をかみしめよ。
14.聴けるときに聴いておけ。いずれ時間ができればなどと言って
いざ時間ができれば、意外に聴かない。とくに若い時は積極的に
聴いて範囲を広げるが良い。年寄りは同じものを聴きたがる 音楽の美は、その一瞬の短さにおいて生命に似ている。
三島由紀夫 >>463
鼻息荒いが大丈夫か?自分が知らないことを指摘されたら発狂するだろ?
三島由紀夫は、音楽には弱いな。下手の横好きの類い。 >>458
さて、どんだけ亡命者が出るんだろうなあ? 音楽といふものは、人間精神の暗黒な深淵のふちのところで、
戯れてゐるもののやうに私には思はれる。
かういふ恐ろしい戯れを生活の愉楽にかぞへ、音楽会や美しい客間で、
音楽に耳を傾けてゐる人たちを見ると、私はさういふ人たちの豪胆さに
おどらかずにはゐられない。
音といふ形のないものを、厳格な規律のもとに統制した
この音楽なるものは、何か人間に捕へられ檻に入れられた幽霊と謂った、
ものすごい印象を私に惹き起す。
三島由紀夫 音楽愛好家たちが、かうした形のない暗黒に対する
作曲家の精神の勝利を簡明に信じ、安心してその勝利に身をゆだね、
喝采してゐる点では、檻のなかの猛獣の演技に拍手を送る
サーカスの観客とかはりがない。
しかしもし檻が破れたらどうするのだ。
勝つてゐるとみえた精神がもし敗北してゐたとしたら、どうするのだ。
音楽会の客と、サーカスの客との相違は、後者が万が一にも
檻の破られる危険を考へてもみないところにある。
三島由紀夫 作曲家の精神が、もし敗北してゐると仮定する。
その瞬間に音楽は有毒な恐ろしいものになり、
毒ガスのやうな致死の効果をもたらす。
音はあふれ出し、聴衆の精神を、形のない闇で、十重廿重にかこんでしまふ。
聴衆は自らそれと知らずに、深淵につきおとされる。・・・・・・
ところで私は、いつも制作に疲れてゐるから、
かういふ深淵と相渉るやうなたのしみを求めない。
音楽に対する私の要請は、官能的な豚に私をしてくれ、といふことに尽きる。
だから私は食事の喧騒のあひだを流れる浅墓な音楽や、
尻振り踊りを伴奏する中南米の音楽をしか愛さないのである。
三島由紀夫 三島由紀夫が書きたい対象は、音楽そのものではなく、聴衆を揶揄する自らの視線。
評論家の中にも、音楽そのものについて一言も書けない輩がいる。考え方がよく似
ている。ただし三島は文豪。音楽について語れない音楽評論家とは違う。 ハイドン、メンデルスゾーン、ブラームスなど、さういふ危険な戯れなど
しない作曲家もゐますよw >>458
渡辺も反原発気取ったり、安倍をdisったりのパヨだからねえ >>472
馬鹿な評論家はもう無視して、ちょっとでもましなやつを探せばいい。
吉田豪が書いてた。無知なのに威張るのが最低だって。物知らずの教えたがりはもうイラネ。 >>473
モノ知ってる、って自分で言い張っているけど、オペラのあらすじを説明しているだけで涙声になっちゃうと
ドヤ顔で語る人もさ・・世に号泣の種は尽きまじ 何事においてもそうだけど、適度な距離感って大事だよね。
距離なしは批評される側も読む側も取扱いに困る。 >>475
能無しは淘汰されるよ。距離あるなしは関係なく。 そうかな、結構しぶといと思う。公共放送に居座る気満々なのもいるし。
ところで評論家って皆さん荷物が多いの?演奏会ひとつ来るにしても、
MacbookにiPad、apple watchにポタアン・・・、 >>476
「ガイド本読みながら食べ歩く。高評価の店はやっぱりうまい」(独自の視点ゼロ)
みたいな印象しか残せない人は、肩書き関係なく淘汰されてしかるべきかもとは思うねえ。 >>477
短い批評で、「その文章、曲名を別のものに変えてもそのまま通用するだろ?」
と思ったことが一人のライターで最近続いた。そいつは確かに終わってると思うw >>481
観光地の書き割り(顔出し)看板みたいなシステムかな。
どこに行っても仕組みは同じだし、あとは自分の顔をはめ込めば、何事も自分の手柄にできるし。 考えうる理由 1)よそですねたり言い訳始めたりするので第三者に迷惑がかかる。
2)ヲチ対象がとにかく名前を出してもらうことにこだわっていると拝察されるため。
3)ヒョーロンカ(評論家に非ず)あるある。この場合「誰が」は重要ではない。 >>484
確かに「名前を売りたがっている」とは聞いた。 >>486
まあ、大したこと言ってねえからな。貧しいんだよ。全面的に。 必死で名前売って「全国ネットでおなじみ」とでも言えば皆がひれ伏すだろうという算段かな。
でも本当にねじ伏せたい相手に限って自分のこと網戸の小蝿程度にも思ってくれないのだとすれば、
まるで風車に立ち向かうドン・キホーテみたいでいじらしいではないか。 >>488
弱い犬ほどよく吠えるというし、ドン・キホーテ的な純粋さはカケラもないよww つまり量産型サンチョ・パンサは皆チワワの子?
いやー、出色(チワワの子が評論家ごっこする時に使う決め台詞)。 最近東京都交響楽団にトラとして乗っている多久和怜子、
首席の寺本義明と○○して乗せてもらってんのかよ
何だかなー >>492
そいつは評論家なんか?
最近ビクッリとしたのは、弔旗センセが音符が読めないこと。。。 >>493
むしろ楽譜が読める評論家教えてくれよ! 楽譜読めるのは基本だと思うが、楽譜読めますアピールしている学者が
>>480 >>481
にあるような読後感しか残せないというのも大概だぞ 藤田大先生と山崎大先生で対談をして、それを別の評論家の大先生が講評するというのを読んでみたい!
レコ芸でやってくれんかな? >>498
○○先生の築き上げた論壇の高みに真っ向勝負を挑む××先生の薫風。
お二方の熱い対談に尽きせぬ敬意を!botでも書けそう>講評 >>499
こういう真っ当な評価wがレコードを真っ直ぐにするんだww なるほど。ただ、本人の頭のなかはグチャグチャで時系列すら把握できてないけれどな。 >>500
俺も山崎くんと同レベルな訳をしちゃうわ。
勉強頑張らなきゃいかんな。 >>493
これ見ると、長期は「俺は読める」っていう前提で話してるようだが
https://web.archive.org/web/20070506163325/http://www.design.kyushu-u.ac.jp/~sn/msjq2006/takemitsu.html >>504
連投スマソ。具体的な言葉があると思ったら他者発言。アルファベットへの言及はあるが、音符にはない。 松本氏でも間違えることあるんだねw
アバド=ベルリンフィル来日公演1996年
ベト第9のソリストは、
ソプラノ シルヴィア・マクネアー
アルト マリアンナ・タラーソア(美人で覚えてる)
だよん
2人とも現在はどうしてるのかなあ・・ >>506
ちょっと勘違い、ごめんなさい
ルツェルンではラーソンだったのね 欧州の音楽評論家のレベルは? 城所
(eぶらあぼ2017.7月号 176/201)
http://ebravo.jp/digitalmagazine/bravo/201707/pageindices/index176.html#page=176
前号では欧州で新聞が文化政策に及ぼす影響について記したが、今回は批評家が書く音楽評論自体について考えてみたい。
我々は、ヨーロッパの批評家の意見は、多少なりとも気になるものである。
目利きの人ならば、ベルリンやパリ、ロンドンといった本場の評判をキャッチしたい、と思うだろう。
ところが筆者に言わせれば、現地の音楽批評のレベルは決して高くない。前号でも説明した通り、ジャーナリストの政治的な手腕は非常に優れている。
エージェントや業界全般についての情報力もあり、記事を読むとこちらもたいへん勉強になる。
しかし、音楽自体についての知識は比較的貧困だと感じる。率直に言って、日本の批評家や聴衆の方が、ずっと高水準だろう。
例えば日本人批評家が、ブルックナー「交響曲第8番」の演奏会やCDを評する場合、本人が作品を隅から隅まで知り尽くしていると考えて、まず間違いない。
重要曲ならば、大抵の人がCDを聴き続け、様々な解釈の違いも含めて、水準以上の理解を持っているからである。
同様のことは、聴衆にも当てはまる。日本のファンは、好きな曲ならば録音を聴いて究める、という人が多い。
ところがヨーロッパ、あるいはドイツの批評家は、そこまで作品を知らない。特にシンフォニーについての知識は、あまり高くないと考えられる(逆にオペラはよく知っている)。
なぜそれが分かるかというと、彼らの文章に作品へのこだわりが感じられないからだ。ブルックナーの場合、版の問題が批評で話題になることは、まずない。
本当に好きならば、「第8番はハース版でやってほしい」等の意見が出てくるはずなのだが…。
…
いずれにしても、ヨーロッパの批評家が書くこと、とりわけ演奏の評価については、我々が特にありがたがる必要はないように思う。 >>508
Profile
城所孝吉(きどころ たかよし)
1970年生まれ。早稲田大学第一文学部独文専修卒。
90年代よりドイツ・ベルリンを拠点に音楽評論家として活躍し、『音楽の友』、『レコード芸術』等の雑誌・新聞で執筆する。
近年は、音楽関係のコーディネーター、パブリシストとしても活動。
感想
欧州の音楽評論家のレベルは?〜「ぶらあぼ」から
http://blog.goo.ne.jp/tora6yoshi/e/21aad3fe81c894025eeb05d8457e30ee 要するに「ありがたがれ」ってことか
自分達の方が上っていうならそれはそれでいいんじゃないか
それを読者がありがたがるかどうかは書き手の決めることではないけど >>508
書いた本人も認めているけど、どう考えてもドイツの聴衆や批評家の方が健全だよなあ(w
「ブルックナー版問題を滔々と語るクラヲタ」ってこの板でも馬鹿にされ(自虐の対象)るじゃん。 >>508
>ヨーロッパの批評家が書くこと、とりわけ演奏の評価については
>我々が特にありがたがる必要はないように思う。
要するに海外の批評家が書くことは大したことはない
日本の批評家が書くことは立派なものだと
これを海外の評論家が言うなら説得力もあるが、当事者が
言うと説得力を失う
「お前がそう思うんならそうなんだろう お前ん中ではな」
というコピペしか思い浮かばない ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています