ヴァイオリン レイトの会 46巻目
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「レイト」とは、大人になってからヴァイオリンを始めた人たちのことです。
何歳からという厳密な定義はありませんが、
概ね12歳迄に良い先生に習ってまじめに練習した人達『以外』の事です。
大人から始めたと自分で感じる人はみんな「レイト」です。
ひき続き、レイトが上達するために、まったり楽しい雰囲気で情報交換しましょう。
アーリーやプロの人は温かい対応をお願いします。
前スレ
ヴァイオリン レイトの会 45巻目
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/classical/1504150650
過去スレ
第3〜41巻 search.(ウンカー・オルグ)/2ch?q=ヴァイオリン%20レイトの会
第1巻 (みみずん・コム)/log/2ch/classical/1170484026/
第2巻 (みみずん・コム)/log/2ch/classical/1179926915/
以下の論争はすでに終結しています。
1.プロ演奏者に関する鑑賞系の話題
●耳の腐ったレイトに良し悪しは解らんだろう。
2.音律・ビブラートのしつこい論争
●ヴァイオリンはピタゴラス音律で弾く。レイトは基本的にヴィブラートを掛けてはならない。
3.スズキメソッドの是非のしつこい論争
●スズキであろうが、サンマであろが、使い方次第。
4.アーリーとレイトのどちらが上達するかのしつこい論争
●幼少期から習っている人に大人から始めて追いつけるワケがない。言語と同じ。
5.チューナーの是非のしつこい論争
●チューナーは、調弦では仕方がない、運弓で使える、音階練習には使えない。
うpロダ 必要 これ とても大事
http://twitsound.jp/musics
http://fast-uploader.com
VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvv:1000:512:----: EXT was configured なんで本職を別に持つ人間が
到達できないのは当然の事として、
遥かプロバイオリニストを目指して日夜練習に励まなければならんのか。
バイオリンは他の楽器と違って人前で弾けるようになるのは容易ではない事は確かだが、
それを自覚してさえいればそれでいい。
では、なかなか人前で弾ける様にはならないのになぜバイオリンをするのか。
好きだからだろ。そのうち、簡単な曲なら人前で弾いて喜んでもらえるようになる。
自分が楽しむ事は、人を楽しませる事に通ずる。
子供の頃のつらい練習の毎日の中で、「自分が楽しんでいないのに人を楽しませることができるのか」
という疑問を持つアーリーもいる。
答えは、よくわからないが、「楽しい」と「美しい」とは厳密には別の物ではある。
しかし簡単な曲なら練習すれば両立できる。 誰も日夜励めなどと言ってはいない。お稽古レベルの場合でも一日1時間は練習しないと進歩しないというのは昔から言われていること。
練習しなければなかなか上達しないどころか全く上達しない。
したがって全く人前で弾けるようになどならない。無理に弾けばうるさがられるだけ。簡単な曲ですら美しくは弾けるようにはならない。
というか簡単な曲が美しく弾ければ難しい曲もそこそこ弾けるはず。難しい曲を下手くそに弾く人は優しい曲すらきれいには
弾けない。
社会的地位、例えば医師等であれば製薬会社の人間等付き合ってくれる人はいるだろうが、楽しむどころかただの仕事上の我慢だ。
上手な人特にアマでは、バイオリン技術の習得を喜びにしている人ばかりだ。プロを目指すと途端に楽しくなることはあるようだ。競争だからね バイオリンを弾けるようになりたくて、いい先生に一生懸命見てもらっているのだから頑張ってうまくなってその期待に応えたい。
だから一生懸命練習して頑張る、という単純なことはお稽古事をやる上では当然の心構えだと思うのだが、
それを貧しいといわれるとはね。
そうではない考え方がある。上達に必要な練習をしなくていいという考え方がリッチならそれでもいいが上達はしない。 一日30分は練習しましょうというのが趣味の子供相手の指導は今も昔も変わらない。
練習不要と先生が言うならそれは進歩を放棄していることに等しい。だからバイオリン体験といっている。
それにお茶会が重なったところで上達とは全く関係ない。それがレイトのニーズであるというなら
もはや芸の上達を目指したお稽古事ではない。 だから、その君の「脳内レイト」はネットの中の話から君の脳内に形成されたものだろと言っている。 >>226
私も毎日一時間ずつ練習しているけれど、そうじゃなきゃダメとか思わないけれど。
私の友人は博士論文が佳境に入った頃にもピアノのレッスンを続けていて、練習辛いことはないのとたずねたら、ただお茶を頂きながらお話して帰ることもあると言っていて、それはそれで素敵な先生だと思った。
貧しいと言ったのは、頑張らなければ趣味ではないという狭量さなのだけれど。
あなたのやってるのは音楽じゃなくてお稽古ごとなのかもしれないね。 「お話にならないレイト」「レイトはお話にならない」という「イメージ」を自分の脳内に作り上げて、
「お稽古事のいろはもわからないとは。最低だな。だからいろはを教えてやろう」
というのをオナニーと言う。 >>226
何をもって貧しいと指摘されているのかも理解できない貧しい知性 >>212
医師殿の誠実なカキコにグウの音も出ない涙目のアーリーの俺が通りますよ 練習しない=上達しない。
そんな当たり前のことが受け入れられないってどうよ。
こいつは何をどうしたいんだか?
どこが脳内なのかまったく理解できない。
練習せずに上達できるおまじないとかお薬があるなら是非教えて欲しい (意訳)
あーあ。ぼくちん3歳でレッスンはじめて、いちにち18時間15年も練習して
音大入学したけど回りは天才ばかりで簡単にザセツ
なんとか卒業したけど演奏家になんかなれるわけもなく、
地元の音楽教室の講師(アルバイト)にようやく採用。
ぼくちんは、本当は、ステージでチャイコンを弾いてるはずの男なんだぞ。
それにしてもレイトはおはなしにならん。ぼくちんのほうが、ずっと上手! 最後の一行はその通りでしょw
上手ければ勝ち。どこまでいってもヘタクソの遠吠え >>236
レイトの医師殿はバイオリンを楽しみ、人生を楽しんでいる
アーリーのあなたにとっては音楽とは技術であり、「上手ければ勝ち」という貧しい価値観でカツカツな人生を歩んでいる。
そういうことね。 自分は本当にダメな生徒だった。左手どころか右の指もつるような、脱力どころではなかった。
親が勝手に始めさせただけでフォローもなくだらだら一応やっているふりをしていただけだった。
練習は週1時間くらいかな。むろん全く何もできなかった。今はやりのレイトと同じ状態だった。
ある日、たまたまブラームスの3番を聴いて猛烈に弾きたくなった。バイオリンらしい音が出せる
ようになりたいと思ってバイオリンを抱えて開放で綺麗な音を出すようにしてみたりいろいろやった。
学校から走って帰ってきて10時まで練習したりした。親が遅いからやめろいっても無視した。
もちろん才能はないのでそう簡単にうまくはならない。自分ではマイナスの才能だといっていた。
次第にザイツだのエアバリエだのどのような音を出せばいいのかは分かってきた。出せないけど。相変わらず下手なままだった。
でもって大学受験も近づいてきたので、先生¥はできてもできなくても知識として教えることにしたようで
記念モツコン、記念バッハ、記念クライスラーという感じでできたとみなしていろいろ教えてくれた。
カイザーと合わせてとにかくゆっくりじっくりさらいなさいと。気に入った曲があれば弾いてみたらとも。
これらの曲は一生ものの傑作でその後もずっと練習し続けた。一応自己満足的には弾けるようにはなった。
本当だったら一年以内にやめてしまう大多数の中に入っているレベルだったのに、弾いて見せればアマオケ
でも誘われる側に入れた。先につながることを土壇場でもやってくれた有り難い先生だった。ただし、向こうはうん
ざりしていたようで手が切れてほっとはしていたようだ。男の子は突然化ける子がよくいるからと何とも微妙
な激励はしてくれた。メンコンもフルッフも一応弾けるようにはなった。
曲で練習するなとは言うけどバッハはやはり燃えるよね。いったんきっかけをつかむと
全体がいい方向を向きだす。 バイオリンを楽しみ、人生を楽しんでいるようなひとは、こんな場所でわざわざ主張する必要はない。
あなたに欠けているのは想像力だ。アーリーだから楽しんでいないという論理も綻んでいる。 バイオリンを楽しむということは、苦労して弾けるようになることと同義であって、
進歩のないレッスンごっこをだらだら続けることではない。本当に生徒の進歩を考える
先生は、生徒にやらせることをそのレベルに合わせて一生懸命考えてくれる。自分の場合は
とりあえず弾けても弾けなくてもバッハ無伴奏をやってみなさいということだった。
まあ失敗してももともとものにならないものだから失うものはないからね。
先生にしてもプロとしてお金をもらっていれば、能力はなくてもやる気がないわけではない生徒を
目の前にすれば、なにかしら邪道であってもベターな方法を考えるものだよ。 「アーリーだから」楽しんでいない、などとは一言も書いていないです
「上手ければ勝ち」というあなたは、音楽を楽しんでいない 下手でもやる気だけはあって指板がへこんでいる生徒に対しては、練習負担が増えてもやめる心配はないから
先生も安心して課題を与えられるのだろう。
音楽への需要が急激に縮小している今時分、生徒にやめられたくないという本音もあって
練習すらしてこない生徒のおしゃべりのお相手すらしてしまうということなのかもしれないけど
気持ちだけでも熱心な生徒には豚に真珠かもしれないけどきちんと考えてくれるものだよ。
それが嬉しくってまた頑張ってしまう。先生というのはやる気を引き出すのがうまいよ。なにげない
一言に見えて実は熟練した殺し文句テクだったりするよ。 ピアノも習わされたことがあったんだけどこちらは全く練習しないと音のしないキーボードで
居残り練習させられた。今から考えるといい先生だったんだね。後藤みどりよろしくピアノは
つまらないとしか思えなかった。 先生だって本当は、レイトの生徒にも進歩してもらいたいと思っているよ。
ロマン派のコンチェルトはとにかく、かわいらしい小品をかわいらしく弾いてもらいたい、生徒を
成長させた結果を周りの人に見てもらいたいと思っていると思う。
まずは収入確保が最優先。
あと付け加えると、演奏家はスポンサーを見つけることが大事なので、接待みたいなことも学んでいる。 気軽に何かを体験することを「楽しんでいる」というのは言い過ぎではないかと思う。
楽しむというのはある程度首を突っ込んでからのこと。体験というのは何に首を突っ
込むかを選んでいるプロセスに過ぎない。 ダンクラだのザイツだのエクレスでは正直燃えない。細かいところができなくてもごまかせばいい程度にしか考えない。モツコンあたりになると聴いていると自分も弾きたくなるような
演奏が沢山ある。でもって録音してみるとあらが許せなくて練習するのだが基礎力の無さに気が付いて…となる。こういうことを「楽しむ」というのではないだろうか。 楽器演奏を水泳と同様なものと捉えるのは間違いだとおもう。
自分のペースでのんびり泳いで楽しんでタイムとか意識しない
ことは結構なことだとは思う。要はカロリーを消費して筋肉を刺
激することが目的だから。
音楽はある程度の美的水準の達成がその目的だからね。卓球とかテ
ニスだってある程度の技量があってラリーが続かないと面白くない。 >>211
>わたしは若い頃は、全身全霊を病気で苦しんでる患者の治療に捧げました。
>バイオリンを練習する時間なんてあるわけがない。
え?
18歳までにたくさん時間あるんだけど >>252
しかし、わたしは、自分の青春をバイオリンにではなく、医師になるための努力に、そして医師という職業に捧げました。
って書いてあるよ
18までは勉強してたんだろ >>234
>>244
この人物の論理では
レイト=練習しない=上達しない
アーリー=(アーリーだから)楽しんでいない(という論理も綻んでいる)
となっている。
小学校の算数ができるなら間違っているとすぐわかるのだが、この人物は小学校の算数もできないのか
因みに「レイト=練習しない=上達しない」については途中で「ほとんどのレイト」とこっそり言い換えているが、
考えている事は同じで、「レイト=練習しない=上達しない」 レイトのアーリーに対する妬みと妄想は、貧乏人が金持ちに対する妬みと妄想に似ている。 いい事を思いついた。
君、勘違いユーチューバーの所へ行ってこの内容をコメントして来いよ。なかなかいいぞ。 >>255
自らの願望を事実であるかのように言ってはいけない 子どものころから弾いてる人に対して、妬みなんかないけど。
むしろ弾けて当たり前って思う。
私も別の楽器で子どもの頃からやってたけど、そう思ってる。
それだけ長い時間練習し、経験積んできてるから、弾けて当たり前。
偉そうにする意味わからない。 >>246
例えが悪くて恐縮だが、回転寿司食ってるヤツの目の前に乗り込んできて、それは寿司ではないって説教するような真似をしてなにが面白いんだ?
自分がなに食ってるかくらい承知している。押し売りは結構だから他所のスレに行ってくれ。 バイオリンを回転ずしに例えれば、いわゆるアーリーのかなりの部分も回転寿司だよ。
本物を食っているのはごく一部。その中にも格差はあって高級ネタを食えるのはもっと少ない。
バイオリンというすしの特徴は、かっぱ巻きから順に高級ネタに進まなければいけないこと。
練習しないレイト(頻出する自称医師が典型例だが)は、デパ地下の試食コーナーでかっぱ巻
きのかけらの試食を毎週繰り返すことに例えられる。寿司なんか食ってないよ。
自分の場合大トロ(チャイコンとか)は食えないし超高級珍味(エルンストとか)なんて無理。無理に食っても下痢するだけだ。
縁側を食っているつもりでも実はオヒョウだったり。精々トロ(メンコンとか)が食えればラッキーだろう。
俺のメニューには大トロだのウニは入っていない。よほどうまくいけば追加してもらえる可能性があるが。
言葉の定義を勝手に変えるのもいいが、昔からの言い方に従えば、レイト初心者は全く進歩せず、バイオリンを楽しんでいない。
こういう生徒については、先生は何とか練習させるのが仕事とと考えたり向いていないと考えてやめさせたりしていた。これが
上達する人の普通の感覚。練習しても進歩の遅い生徒については、拾う先生がかならずいた。
バイオリンの楽しみというのは、自分のダメな点を認識して修正してその結果を自他ともに認めてもらうことにある。
そして桐朋だの芸大だのの講師は有能な人が多い。ただし、初心者相手にバイオリン演奏のイメージを持たせることは
また別の能力で、低レベル音大生であってもそれが得意な人はかなりいる。ましてや子供相手に教える場合はもっとその
傾向が強くなる。
練習しないレイトの典型として自称医師が現に登場している点は改めて指摘したい。 練習しないレイトの万年初心者が、練習なしの「レッスン」でおしゃべりをしてokなのは、
新たな「レッスン」という名の接待業が誕生したからだ。プロバイオリニストが務めるサロンだ。
女子大生キャバクラやらランジェリーパブよりはハイソに感じられる雰囲気が売り。
市場縮小と供給過剰の業界の事情が、バイオリンをネタにした別産業を誕生させた。
こういうとこの顧客は、食道楽と同じで要は語りたいだけ、SNSを使えば世界に
発信できて同類同士で交流できる。そして自己満足。
練習しないレイト初心者は最近出てきたもの、練習しない子供は昔からいたがじきにやめて行った。
アマオケにしても音を出さないで金を出してくれるなら歓迎なんだよね。 永遠のレイト初心者の実態はアマオケで見られる。上達を目指す人はモツコンも弾けないのに
アマオケなんか行かないよ。 なあ、それ勘違いユーチューバーの所へ行ってコメントしてくれよ。
此処はお門違いだからね。
でコメントしたらURL貼ってくれないかなあ。見に行くから。 そんなに練習したくないなら、何にもならない時間をむだにしてないで、他の趣味にすればいいのに。 >>267
誰も練習したくないとは言っていないでしょ。読み返してご覧。
人の楽しみを頭ごなしに否定するから、それは傲慢だと言っているだけ。
大事なことは先生に教えて頂くので、腕自慢の素人はお呼びじゃありません。 練習したくないのもやる気はあっても練習できないのも、練習していないという結果において相違はない。
その反対として練習したという概念が存在するのみ。たまに練習できないことがあるの当たり前だがいつもしないのは
ダメでしょう。
練習しなければ進歩はしないし練習を伴わないレッスンは時間の無駄。
練習したレッスンと練習を全くしなかったことと両方経験しているからよくわかる。
弁解しても結果は変わらない。弁解に意味はない。大人なら当然に認識していることのはずだが。 練習していない生徒に教えられる「大事なこと」は存在しない。
先生からしてみるとお話しして接待してお金をもらっているだけ。
それをレッスンを受けていると勘違いしているようだね、 まあ、きれいなバイオリンの先生とお話しできれば一時間5000円もいいかもね。
キャバクラでバカ姉ちゃんと話しているより楽しいかもね。 練習してレッスンを受けましょう、さもないと全く進歩しませんという当たり前の経験則を
指摘しただけで貧しいとか非難されるのだから、レイト様のバイオリンレッスンというのは
リッチすぎて理解できない。 練習しないでレッスンに挑むのは怠惰で恥ずかしいこと、という認識でずっと生きてきたよ。
違うの? 練習なしの無駄なレッスンってそんなに楽しいことなの?
普通の先生って生徒の記録をつけて進歩するようにいろい
ろ工夫していると思っていたが?
その期待に応えたいと思うのはいいことかと思っていたが
期待を裏切ることこそ貧しいふるまいと思っていたが? この人達は習い事のイロハさえわかっていない。
金払っているから生徒だ、練習してないけど金受け取っている以上プロなら上手くさせてみなさいよ、ってこと。
上手くならないのは、楽器のせいで、分不相応の楽器を買って、その上、名前なんか付けて喜んでいる。キモイ。
「ほとんど」と言い換えたのは、何事にも例外があるから。
ここにはいないだろうが、世界には1人くらいいるかも知れないからな。念のため。
練習がイヤなのでなければ、四の五の言わずにすればいい。それなら何の文句もないわ。
それどころか、レイトだろうが何だろうが応援するわ。 レイトの皆さんに言いたい
俺は小さい頃からバリバリにバイオリンを弾いてきたが、ここで暴れているような馬鹿ではない
なにをもって貧しいと評されているのかも理解できない貧しい知性、おそらく平均をかなり下回る知能、下劣な人間性はこの人物特有のものであって決して楽器の修練がもたらしたものではないことを強く指摘したい おそらく、本人には何を指摘されているのか理解できないので間違いなくトンチンカンなレスが付く
スルーに限る 練習もしない輩に、アーリーで練習もして金もかけたのにチャイコンも満足に弾けねぇくせに、とか言われたくないわ。
大体、何が弾けるかが問題じゃなく、キラキラ星だろうが、チャイコンだろうが、何が弾けるかが問題じゃなく、どう弾くかが問題なのかがわかっていない時点で話にならない。 どう弾いたらきれいに聞こえるかを学ぶことが大事だよね、それを積み上げていった先に
チャイコンがあるわけで。楽器演奏を楽しむということは階段を上がっていくことだから。
アマリリスだってスコットランドの釣り鐘草だってうまく弾けると嬉しいし、あらを完全に
つぶすのはものすごく難しい。
宴会芸で下手なバイオリンが嫌がられるのは曲が易しいからではない。音が不快だから。
簡単な曲であってもきれいに弾ければ嫌がられはしない。人に嫌がられない演奏を目指すのが
楽器の楽しみだと思っていたが違うのか?それは貧しい考えなんだろうか?
昨日よりはましな明日を目指すのが貧しいというのか?
結局は練習しない自分を正当化しようとして頓珍漢なロジックを展開しているだけなんだろうな。 レイト初心者の不思議な点をもう一つ、やたらと弦とかに凝る人がいる。
まともな音が出せないのにどうして弦の批評ができるのか不思議。
楽器にしても初心者なんて10万のセットで十分。モツコンでも形になってか
ら買い替えればいい。自分の先生なんかプレスの楽器が歪んできたといっても
お前の腕で買い替えは早いと突っぱねられた。
楽器屋に行くとたまに初心者が幽霊みたいな音を出して感想を言っているけど
違うだろうと思っている。でブログに新しい楽器の写真と感想を載せるんだろ
うけど。
練習しないで不快な音のままで当人は「楽しんでいる」と悦に入っていて、得意げに披露するから
レイト初心者は馬鹿にされる。それが永遠に初心者のままなのにますます増長しているからバカ
にされる。そのことが全く分かっていない。下手なのに頑張っている俺を応援してねってか。
肉体的精神的努力は一切せず、財布にあかせて趣味人気取り。こういうのを無粋という。 いくら練習しても自分の演奏に満足することは絶対にないといっていい。
うまくなればなるほど自分の欠点が分かってくる。奥が深いとはそういうこと。
そしてそのはるか先を行っている先生に畏怖の念を持つんだよ。 下手なのにいつまでもやっていることに価値はない。下手が進歩するから価値があるし楽しい。
というか楽器に触っていないからいつまでも下手。要領が悪くて進歩が遅いなら頑張る価値があるし、先生もサポートするのがアマの世界。 >>284
自己弁護でしかない。
自分も練習しない頃があったのだろう?それは許して人には辞めろというのか?
まぁ、あなたがここで何を吠えても現実は変わらない。現実があなたを不快にさせるならば、あなたがこの楽器を続けるのは時間の無駄だからあなたが楽器を替えれば良い。 今の時代はネットを有意義に活用すべきだとは思いますよ。
中国の人なんかは日本語を話すにしても書くにしてもばんばん投稿して
手直ししてもらって、学校でたいして勉強していなくてもそれなりに覚えてしまっているように
見られる。
自分の演奏ばんばん投稿すればいいんですよ。投稿する演奏に関しては誰かが聞くかもしれないと
思いうまく弾こうとだいたい意識は働くのですから、(少なくとも習っている先生は聞いてくれるでしょう。
)それを続けてれば上達するんじゃないですか?自信なければ一部以外視聴できないようにとか
いろいろできるし。それも楽しみ方の一つだと思いますよ。私は推奨します。
最近のセリーナ・ゴメスの話題をみれば分かるとおり、もしくは最近の事件とか見ても
人間なんてだれもかれも欠点ばかりなのだから、自分のことはともかく
他人のことをいろいろといわないほうがいいですよ。 レイトは、バク転出来なくて練習する気もないくせに、新体操のきれいなレオタードを着てリボンを振るだけでいい「新体操もどき」で満足する。
しかもロシアの一流選手のレオタードを着てリボンを振りたい。
それがアマオケだ。 >>288
平行線なんだからもうやめようよ。同じことの繰り返しを言い換えてるだけじゃん。 実際に弾いてみて初めて知る美しさ楽しさってあるから、レイト様を歓迎しろよ
どうせ聴き専も馬鹿にするんだろうし
勘違い知ったかが生まれるのは副作用、仕方ねえ
ただ、レッスンは教えを乞う場所で練習する場所じゃあないから、
練習を完成してからレッスン受けろ 自分で録音して聞いてみるのは大事、ネットに投稿して励みになるならそれもよし。
とにかく練習、
弾きなさいということだ。 アウアウイー Sa31-saE1はヴェンゲローフ君>>16 ブログとかSNSってテンプレができていて、インスタもそうだが登録してスマホで撮影すれば
すぐに情報発信できる。それでもってにわかグルメだの旅行だので「リア充」をアピールするブームを
演出している。アップル社とfだのtはハードのみならずその使い道まで提供しているわけだ。
中身のない充実自慢、生き甲斐追及の代名詞となっている「インスタ映え」だがこれも趣味産業といえるのだろう。
初音ミクとかなら音楽でもそういう使い方ができるのだろうけど、バイオリンはお手軽の対極にある
ものだから。金をかけて高級ホテルのバーだのナイトプールで写真をとればリア充アピールできるが、
いくら金を積んで高いバイオリンを買ってみたところで汚い音には何も変化がない訳だが、歪んだ自己顕示欲から
恥知らずというか胸を張って「演奏」を披露してしまう。まともに練習していないから弾けるわけはない。
簡単な曲でもきれいに弾くのがバイオリンのあり方、レイトがバカにされるのは、簡単な曲を弾いているからではなく
開放弦すらまともな音がでていないのに恥じるどころかその自覚もなく、他人に聞かせて「充実ぶり」をアピールしている
から。自分は高級なリア充のつもりが、客観的には馬鹿丸出しだから。それを「楽しんでいる」と思い込んでいるから
救いがない。京都流にいうなら無粋ってやつかな。 おシャレな女性たちのための場にしようと喫茶店を開業したオーナー。
最初のうちは店の雰囲気からオシャレな女性で満員になった。
ある日、一人のチンピラ男が店に入ってきた。おっ、ここはイイ女がたくさんいるな。
チンピラ男が常連になったので、数人の女性客が店に来なくなって、オーナーは少し気がかりになった。
そのうちチンピラ男は、ここにイイ女がたくさんいるからいいぞと、チンピラ友達を連れた来た。
店の雰囲気が悪くなってきたので、女性客はますます減った。
チンピラがそれぞれまたチンピラ友達をどんどんクチコミで連れて来るので、店の大半はチンピラ男で埋まり、女性客は寄り付かなくなった。
店はチンピラ専門店になってしまい、オーナーは嘆いて閉店にした。
チンピラたちは、せっかくいい店だったのに閉店なんて残念だったなあ、と言った。
アマオケに入って来るレイトはこういう感じ。 アマオケのバイオリンパートというのはアーリの階層構造と音を出さずに金を出す金ヅるレイトとエキストラの音大生で成り立っている。アーリーは一定以上集まると椅子取りゲームの喧嘩が始まって喧嘩別れするので、一定以上は増えない。アーリーか
ら見ると初心者レイトは扱いやすい。何しろ音は出さずに喜んで参加費を払ってくれて自分の地位を脅かす心配がない。
うまいアーリーを集めたドリームなアマオケバイオリンパートなんてものは存在しない。アーリーといっても素人を集めた集団なんて所詮ボロ楽団でしかないし。プロとは次元が違うよ。 永遠の初心者レイトなんてものは「リア充」ブームにあやかろうとして、供給過剰と少子化で
行き詰ったバイオリン産業が金と暇を持て余している「リア充」層に食い込もうとして誕生した。
「リア充層」とは、金にあかせて高級品で固めることを「充実」と考え、金をかければ全て解決
すると思っている。才能と努力の集積であるバイオリン習得とは本来相いれないのだが、生徒を叱咤し
て上達させるのではなく、単に金と時間を浪費させ、それを浪費と感じさせないトーク術を組み合わせ
て大人のバイオリン教室という商品に仕立て上げた。何しろ子供の生徒が集まらないから、「インチキ先生」
どころは一流音大卒までその市場に群がろうとしているわけだ。責任は受け入れ側にある そこまで偉そうに言うならさ、素人が1日1時間ぽっちの練習でなにか極めたようなこというのやめてくれない? 一日一時間の練習で普通の感覚の持ち主が自己満足できるレベルでメンコンが弾けるようになるとは思わない。
実際はアマでももう少しやっていると思うよ。特に小さいころはね。
いくらごまかしても演奏させれば弾けないことは一発で明らかだが、お金をもらっている先生はレイトに対してやる気をなくさせるようなことはいはない。
今は知らないが、昔の先生は練習しない子供に対しては優しく言うか厳しく叱るかはとにかく一日30分は練習するように言い聞かせていたし、
人によってはやめさせていた。今は少子化の影響やパワハラに敏感な世相から、引っ張りながら練習する方向に少しずつ誘導していく「太陽政策」が
主流なのではないかと想像するけど。 つまり、一日1時間程度は練習しましょう、というのは先生が生徒に本音ではやってもらいたいと
思っていることなんだよ。レッスンを本当の意味で成り立たせるためにはそれが当たり前で必須と
昔から考えられてきたことだ。 先生は生徒を上手くさせたい。そのために最低限度の練習をしない子に対してはそれを要求する。
それは職務への忠実さというものだ。練習しないレッスンokというのは、生徒の上達という
本来の目的を既に放棄しているんだよ。 例えば簡単な曲、アマリリスとかマジャール人とかを教えている間は子供の場合30分3千円くらい、
メンコンとかになると5千とか6千に値上がりするのが普通。実質接待で時間が過ぎるレイトが5000払
ってくれるなら助かるというのが本音だろう。発表会をやれば伴奏者にも収入が流れるのでもっと嬉し
いわけだ。ただし同業者にレイト生徒の悲惨な姿を見られるのは、屈辱なようだ。
生徒が下手であっても進歩が見られれば教師の懐の広さと腕の証明なので恥ではないのだが、全く進歩
がなく何をやっているのか皆目見当がつかない大の大人の演奏が続くのは、そこまで生徒集めに困って
いるのかと思われると思ってみじめになるそうだ。 バイオリンの先生というのは本来プライドは高いし見栄も強い生き物なんだよ。
汚物みたいな下手くそは嫌いなんだよ。だからこそ生活がかかるとえり好みしないで
必死にレイトの相手をするわけだが、決してうれしくてやっているわけじゃない。 練習しないでレッスンに来るなんてことはまさに汚物のなせる業。速度はとにかく進歩する生徒は好きだし、
練習しない=やる気がない=教師を馬鹿にしているというのが基本感覚。
大人の場合は、忙しくて練習する暇もないのにせっせと「お月謝」を運んでくれるからその代わりに
世間話の接待をしてくれる。あとはアマオケでガッキーよろしく演技気分を味わえる。演奏はもちろん吹き替え。 そういうこと言ってんじゃなくてさ、そこに線引きするところみるとあんた自分は一日1時間なんでしょ。
昔は十時間だったことあるみたいだけどさ、今はどうなのよ。社会人ならまぁたかだかそんなもんでしょ。
でもさ、プロから見たら毎日1時間なんてちゃんちゃらおかしいでしょ。
プロからは1時間で許されてるあんたがさ、なんで時間を工面して続けてるレイトのアマチュア見下せるの?
修行モードなあんたから見たら今の自分は許せるの?
そりゃハナからダメなのも居るだろうけどさ、あんたのは全否定でしょ。やっぱ貧しい。 客観的事実として
(1)普通人は一日一時間練習しなければいくらレッスンに通っても全くうまくはならない。
(2)まともに音が出ていない「演奏」を他人に聞かせれば失望というかいやがられる。
もしある人が、自分のバイオリン学習に手ごたえを感じているならば、練習時間を確保しているか、あるいはある程度の才能に恵まれていて
要領よく少ない練習量でもきちんとした音が出て簡単な曲であっても聴衆の期待に応える程度のレベルには達しているのでしょう。
自分はいわゆる世間のレイトのイメージには当てはまらない存在なんだと考えればいいし、事実そうだと思う。
音楽というのは趣味であっても批判にさらされる。聞き手の受けとり方がすべてだから。全体的に下手であっても何かを認めさせることが目的なんだ。
もちろん聞き手の反応はある程度は自分でも予測できる。というか、その感覚を身に着けることが上達に必須だからね。 趣味のバイオリン学習者は嫌でも一日30分すべし。
というのがルールだった。無論守らない子もいたが基本的にやめて行った。
先生の仕事としてそれだけは練習するよう指導すべきとされていた。
これは客観的事実で今でも認識は変わっていない。子供向けバイオリン教室の
ホームページを見てみればソースはいくらでもある。
ところで趣味で一日6時間弾くのは全く辛くない。切羽詰まった課題があるわけ
ではないからね。できないところがあってうまくできるところがあれば許される。 練習しなければいつまでも上達せず騒音のまま。
練習時間が取れるか取れないかは聞き手には関係ない。
先生は上達するような練習方法を伝授するのがメインの仕事。
その余の価値判断・行動選択は各当事者の意思による。
心の貧しさとは無関係。 みなさまにはコミュ障をつついてしまって申し訳なかった。黙る。 練習しないバイオリンふれあい体験を毎週繰り返して上達はしないが心が豊になると考えるなら
それは個人の価値観で否定はできない。バイオリン業界にとってもお布施をしてくれるありがたい存在だろうし、
ちやほやもされる。一方で大多数のバイオリン学習者から見ると、練習不足のレッスンというのは
黒歴史というか、トラウマというか過去の恥ずかしい嫌悪すべき体験でもある。そうならないように工夫して
来てきたから辞めずに今があると考えている。
出された課題が毎週きちんとこなせるなんてことはアーリーだろうがごく一部の人だけだ。
もし他人に聞かせるならば練習する暇がないかは関係ない。聞き手の期待感に答えた演奏がでいるかどうか、
触れ合い体験を繰り返すだけの人が他人に不快な音でしかないものを「習っているから」といって聞かせれば、
嘲笑と批判にさらされるのは当然。
始めたばかりの人にチャイコンを期待する人はいないと思うが、日の丸の歌をインテンポで聞き取れる音程で
弾くことぐらいは期待しているだろう。それ以下なら不快な雑音でしかない。
雑音しか出せないのに人に聞かせる俺って人生が充実していると思っているなら勘違いだろう。
即席のリア充演出志向が練習しないレイトの本質なのかもね。 アーリーだろうが上手だろうがわざわざレイトスレ荒らしてる時点で人としてはクズ インスタ映えする高いバイオリンを買って豊かさを誇示、レッスンに通って充実ぶりをアピール。弾けば貧しい音。実はニセ楽器。音楽は語るものではなく弾くもの。音によるコミュニケーション。レイトのデタラメ演奏こそコミュ障。 自分が楽しんで弾くのは結構だし、写真でも何でも撮ればいい。
でも、他人に騒音を聞かせてはいけない。
他人に迷惑をかけないことが基本。 触れ合い体験で豊かな心になるのは金さえ払えば
大いに結構。飲み込みが遅くても練習して少しでも進歩することは多分もっと良い。人に聞かせて許容
されるのは後者のみ。 ただし練習しないことに嫌悪を持つもののみが人に嫌がられない音を出せる可能性を持つ。豊かさとは無関係。 レイトと合奏することになった。
レイトは本番当日までに曲が弾けるようになることが目標といった態度だった。
合奏初日に曲が全部弾けていないで、合奏になるかバカ!!
でもこちら一人に対しレイト10人。
多数の論理で、当日までに曲が弾けるようになることが当たり前だという空気。
だからレイトとは組まない。 弾かないレイトは良いレイト。大事な金づる。有村架純みたいな弾く演技を仕込むべし。あと楽譜が読めなくて
暗譜するまで弾けない人もいるから。 アーリー同士揉めてレイトを巻き込んで派閥争いを始める。アーリーの振る舞いも褒められれれたものじゃない。ひとりならあなた天下。 全部弾けなくてもいいから合奏まえに譜読みしてこいとは思う。管楽器じゃありえん。 >>315
やめればいいじゃん。
金のために甘んじているなら、オマエも軽蔑の対象だよ。タンカを切る勇気も経済力もないくせにネットでだけ雄弁なんだな。 レイト初心者が練習しないでレッスンを受けることが豊かだという考え方はおかしい。
レイトで練習してレッスンに挑んでうまくなってそれを誇っている人は練習無しでレッ
スンを受けていつまでも下手なままの人間と比べて貧しいのだろうか? アーリーだろうがレイトだろうが、練習しなければ人に聞かせられるようにはならない。
金を積んで高い楽器を買って弦をとっかえひっかえしてインスタやらに載せてみても、弾
いてみれば一発でバレル。バイオリンはインスタ映えとは相性の悪い世界なんだ。
道を開くのは地道な努力のみ。マスコミにあおられたSNSブームなんて底の浅いもので
しかない。そんなものに耽溺して豊かもないものだ。インスタ映えなんてある意味嘲笑の
代名詞だろう。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています