現代音楽聞いて現代音楽の本ばっか読んでたら
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音楽に純粋に感動する自分がなくなってた。どうしてくれるんだ! 正直、現音の本ばかり読んでると生殖器の機能が低下します そういや俺も現代音楽聞いて本読むようになってからインポ気味だ。
チンポがギンギンになる音楽教えれ。 せっかくスレが立ったのだから、ここでも作曲家に
関する本を時々紹介することにしよう。
ブーレーズ
『意志と偶然 ドリエージュとの対話』法政大学出版局、1977年(店村新次 訳)
『ブーレーズ音楽論 徒弟の覚書』晶文社、1982年(船山隆、笠羽映子 訳)
『参照点』書肆風の薔薇、1989年(笠羽映子、野平一郎 訳)
ポール・テヴナン編『クレーの絵と音楽』筑摩書房、1994年(笠羽映子 訳)
『現代音楽を考える』青土社、1996年(笠羽映子 訳)
『標柱 音楽思考の道しるべ』青土社、2002年(笠羽映子 訳)
セシル・ジリー聞き手『ブーレーズは語る 身振りのエクリチュール』青土社、2003年(笠羽映子 訳)
『ブーレーズ―シェフネール書簡集 1954-1970』音楽之友社、2005年
John Cage and Pierre Boulez, The Boulez-Cage Correspondence. Cambridge University Press, 1993(Jean-Jacques Nattiez 編注、Robert Samuels 編訳)
Jean Vermeil, Conversations With Boulez. Amadeus Press, 1996(Camille Naish 訳)
Rocco Di Pietro, Dialogues With Boulez. Scarecrow Press, 2001
ポール・グリフィス『現代音楽小史 ドビュッシーからブーレーズまで』音楽之友社、1984年(石田一志 訳)
ティム・ペイジ『グレン・グールド著作集1 バッハからブーレーズへ』みすず書房、1990年(野水瑞穂 訳) (笠羽映子 訳)
って、ヒドクね?
日本語ワケワカメ >>7 そんな堅苦しいのじゃなくて
チンポビンビンマンチョビチョビチョになるような現音本を紹介しろよ つうか堅苦しいwって何?
サイレンス読めば?
なんかインタビュアーが最後に
「あなたのが音楽と呼べるものなら私にもできますよ。」とか捨てゼリフ吐いて
ケージが「私が何か君を馬鹿にしたような印象を与える事をいったかね?」
というやり取りはかなり爆笑した。 つまんねえよクズ>11
雑談する所じゃねえからさ、他どっかいけよ 復刊リクエスト投票、久しぶりに見たら松平の
『近代和声学』が76票になってた。 作曲者の戯言と括って読むと中々楽しめるが、
マジで熟読すると「おまえには付き合えきれん!」
と感じてしまう。 >>3
気のせい。
あるいは、別の原因があるんだよ。 >>17
漏れそんな存在に近いかも。
心を許した相手にペチャクチャしゃべりまくってたら
いつの間にか誰も漏れを相手にしなくなるという...
今まで何年間も同じ事になってたから私事ながらゾッとするよ。 作曲家の本って、単なるエッセーか、
どっかの政党のマニフェストみたいなもんばっかだろ! 作曲家の書いた本より、作曲家についての本の方が有益。
でも良い本はそう多くないみたいだなー。 >>1
もう後戻りできません。
この板で重箱の隅をつついて暮らしましょう。 いろんな曲を聴きあさって自分なりの見取り図が描けるようになれば
本には結構DQNが書いてあることがわかるようになる。
同時にそういうDQNとのつきあいも全く無駄ではなかったかな、という感じになる
…と思う。
今やゲソには入らないかもしらんが20世紀前半の音楽(シェーンベルク、バルトーク、
ストラヴィンスキー等々)についてはこれが俺の実体験。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています