ハウスって70年代からあるってほんとうですか?
シーケンサー使って作られてないダンクラは
ハウスじゃないとおもっていました。
でも最近は、70年代初期の曲もハウスに
ジャンル分けされていてびっくり。
いつジャンルがかわったのか教えてくれる人は
いますか? 本当の意味でハウスと呼ばれるようになったのはシカゴウェアハウス(80年代前半だよ)
70年代の
それまでは黒人のディスコサウンド→白人向けの商業ディスコ音楽(ちょっと違うかもしれないけど、エーベックス辺りの追従戦略に例えればわかりやすい)
ガラージサウンドとかいろいろ呼ばれてた。
日本で大衆からちょっと上のレベルの音楽好きがハウスと言う言葉を認知したのは
マドンナのヴォーグじゃなかったかな?
シカゴもニューヨークもゲイが聞く音楽としてハウスは育った。
それは日本もある程度同じ。
元々おしゃれなゲイが多かったけど、
消費財としてのおしゃれに仕立て上げられたのは
90年くらいから。
基本的に革新的な人はファッションが好きだよ。
後から乗っかる人達になるほど嫌いだけどね。
じゃ、やっぱり70年代の曲を「ハウス」って
表現するのは間違いなんですかね?
違和感ありありで、え?これがなんでハウス?
とおもうことが最近多くて。 ようするに70年代のジャーマンロックをロックと表現するようなもんで
時代が進むと呼び名が変わったり、雑誌が売ってくために新しい名称付けたり、
隣接するジャンルと同類に呼ばれるようになったり様々なのでは?
70年代はハウスという言葉はなかったはず。
ようするに黒人ディスコのガラージなんかと、ぴったり隣接する文化だから同じ枠組みに入ってる。
テクノなんかもそういうの多いよね。
シカゴの方に集まるのは主に白人側のゲイだったらしいね。 音楽じゃなくて手っ取り早く文化単位で呼ばれるようになったんじゃないかな?
レイヴだってそうでしょ?
ジャングルテクノ
トランステクノ
ハードコアテクノ
テクノハウスだの
いろんな呼び方されてたけど、一晩で全部かかるレイヴイベントも多かったよ。
大手は売ってくのに厳密なジャンル分けをしたがるか、全部一緒くたにするか極端だった。
Unnnnn〜。
説得力のあるお話ありがとうございます。
なんとなくブレずに自分で音を選別できる気が
してきました。 >>10
この一部分を見るだけでも
ハウスの誕生物語がまるわかりだね! 70年代からあったけどハウスとして確立したのは80年代かな?
恐らく決まったドラムマシーンの音が流行りそれがハウスとして認識されました
70年代のハウスはどちらかと言うとディスコっぽい音が多かった
それがDJインターナショナル系のDJによって色々なリズムパターンが出来て一般化されました
しかしハウスとはある意味ソウル(魂)なので作った本人の気持ちちを汲み取るのも一つの楽しみです Donna Summer/I feel Loveはハウス >>13
おそらくで語るなよw
70年代でハウスって言葉はないよ。
アングラディスコ音楽かメジャーディスコ音楽
アングラの方が後付けでガラージハウスだの名称が付いただけ
>>17誰が言葉があるって書いてあんだよw
お前もおそらくか?w >>11
ディスコ音楽の排斥運動を主導してたのは
原理キリスト教の右派?
それともCIAとか政府系の機関が裏で糸を引いてたの? 結局ハウスが生まれたのは80年代前半で確定しているのだが、ハウスの選曲として70年代の曲をピックアップする事はありうる。 結局クスリがハウスを作ったんだよ
コウセイみたいに酒でハウスに入れる馬鹿も珍しいよな スノッブ効果が利くので他国の人間は重宝がるけど、どこの国も現地の人から見れば
サブカルは一緒。ただのキモイ人の集まり。
ヒッピーもビートニクも一緒。ヒップホップもギャングスタ以降は嫌がられてる。
黒人のネガティブな一面を使って商売してると、まっとうに成功した黒人から批判されてる。
まぁJ-POPという言葉が生まれるずっと前から日本にはポップミュージックがあるって事
ジャンル厨は何かと線引きしたがるが >>22
現在の日本におけるサブカルチャー論で最大の問題は言説の乖離である。
本来のカルチュラル・スタディーズにおけるサブカルチャーは
民族や階級に関連した政治的色彩を帯びたものであった。
1980年代に一世を風靡した日本のサブカルチャーはそこから
政治色を表面的に無視して、趣味の領域への限定を装ったものである。
これは(実際はともかくとして)「一億総中流」「単一民族国家」という
言説が大きな抵抗も無く通用したことを考えると致し方のないことにも思われる。
サブカルチャー現象として注目されたのは、例えばレゲエである。
ジャマイカの移民が広めた音楽であるが、欧米の白人文化に対する抵抗であり、
対抗文化(カウンターカルチャー)として評価された。
ただし、日本においてはレゲエも対抗文化として受け入れられるよりは
目新しい音楽ジャンルの一つとして受容されている。
欧米のサブカルチャーがしばしば政治的あるいは人種的対立を背景にしており、
一定の主張を持ったグループが担うものである点は、
日本におけるサブカルチャーとは異なるようである。 だって日本て歴史無いじゃん
ただ向こうの入ってきて真似してるだけじゃんw
カルチャー自体死語に等しいだろ >>19
レーガン・ブッシュ政権 ─ドラッグウオーの過熱
→アメリカ国内のドラッグウオーとその社会的影響
1978年から盛り上がりをみせた反ドラッグの世論は、1981年の大統領選挙で共和党のレーガンを押し上げ、
彼の大統領就任により麻薬政策は非寛容政策へと大きく転回していく。
特にナンシー・レーガンは有名なJust Say Noのスローガンのもと、
アンチドラッグキャンペーンの道徳的アントレプレニュールとして、
ドラッグへの徹底的な非寛容を訴えた。
彼女は寛容政策が持っていた根本要因論を否定し、
「我々一人一人は、どこであれ、いつであれ、誰に寄ってであれ、
ドラッグの使用に対して非寛容である責任を負う。
我々はこの国にドラッグの使用に対して非寛容な雰囲気を
つくりあげなければならない」という主張を展開した >>25
>死語
日本語に不自由な(東アジアの)海外の方でも
死語という言葉は知ってるんですね。
日本人の振りするのはイミグレーションでだけに
してくださいね。
確かに日本て歴史浅いよな
ウーレイなんか持ってるオタクなんか海外から馬鹿にされてるの知らないもんな >>28
それ、入り口からして
違いすぎだろwwwww >>26
ナンシーは離婚歴のある大統領初の後妻によるファーストレディーだったため
共和党の支持母体からとやかくいわれがちだった彼女にとっては
"Just Say No!"キャンペーンでのパフォーマンスは保守的なイメージを植えつけるために必要だったんだよ。
http://jp.youtube.com/watch?v=8fG1tNO0_Pk
http://jp.youtube.com/watch?v=DeJ9tTtmPn0 あれ、ハウスってTR-808やらM1やらが使われ出して出来た物だと思ってた。
打ち込み主体→家で作れる音楽だからハウス、という説を見た事はある。 リズムがドンツードンツーならハウスなんだろ?wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww ハウスのDJが、一度でもプレイに使うと、
昨日までロックだったものが、年代関係なく
いきなりハウスになるんだそうな。最近は。
それはさすがに極端
ケヴォーキアンがピンクフロイド使ったからってハウス扱いにはしないし
ある程度ハウスビートになってる古いものなら有り得るが 電子ビートになんかの音楽のメロやサンプリング乗っけりゃ基本ハウスだからなぁ。 ハウスは80年代以降でしょ。
ハウスのDJが70年代のディスコとかソウルとかファンク
をプレイに混ぜて使ってたことを、広義でハウスと解釈するのは間違いではないけど、
曲単体でハウスに分類するのは違うと思う。
ここまでの話の流れだと、70年代の曲を
ハウスに分類するのは、大筋間違いでおk? ハウスって音楽のジャンルというよりは
人としての生き様なのでは? あえて再販しないでプレミア化を狙っている
REMIX誌刊行の【ハウスレジェンド】本が、
ハウスとダンクラの境界線の混乱を招いている
みたいですね。
90年代にクラブシーンを経験した人からすると
何でこれがハウスなんだみたいな思い込みだけの
Dance Classicがハウスにカテゴライズされてたり。
そのあたりから、「勝手にジャンルを都合よく変更」
する連中が増えたような気がする。 白人ディスコ音楽→ABBA
それを踏襲した奴ら→GTS
ディスコダンスクラシックを
ハウスって名前付けたほうが売れるから4つ打ちにして後からハウスのカテゴリーに入れた
エーライフとかそういうのと一緒
大人の都合で有り、
完全な後乗り混乱系
実力で勝負しようとしないのでいかに看板で勝負できるかにかかってる
今だと、ハウス、ラグジュアリー、大人の、セレブも レゲエもかかる
この辺が売ってくためのキーワード
船場吉兆ビジネス
どうせ長続きしない
歌謡曲と一緒
west end プレリュード サルソウル
等のレーベルの曲はハウスになるのか?
浜崎あゆみとこーだくみとアムロ波平も聴いてますって言えば
売り上げ上がるよ
いかに権威付け、印象付けするかがポイントだから >>40
「社会の座標軸がズズッと右にずれたような変化」を感じ始めたのは一九九〇年代半ば。
アメリカ国内で繰り返される不可解なテロ、中絶や同性愛をめぐる深刻な軋轢、
信仰の熱心さが生み出す分極化-文化の多様性を拒む何かが、地下からはっきりと姿を現していた。
その源流が清教徒による建国思想、過激な反連邦政府意識、白人優越主義などに端を発する、
「アメリカ原理主義」ともいうべき宗教右派の動きに結びついていくのを知る。 今は心じゃなく頭で物を作るようになったとは
北の国からの脚本家さんの話