80年前当時の状況でケインズ卿が考え出した理論を数式で焼き直したのが今日のマクロ経済学
現代をケインズ卿が生きていたら全く同じ理論を作るだろうか?
これはノーだと断言できる

「彼はある程度まで、数学者で、歴史家で、政治家で、哲学者でなければならない。
彼は記号もわかるし、言葉も話さなければならない。
彼は普遍的な見地から特殊を考察し、抽象と具体とを同じ思考の動きの中で取り扱わなければならない。
彼は未来の目的のために、過去に照らして現実を研究しなければならない。
人間の性質や制度のどんな部分も、まったく彼の関心の外にあってはならない。
彼はその気構えにおいて目的意識に富むと同時に公平無私でなければならず、
芸術家のように超然として清廉、しかも時には政治家のように世俗に接近していなければならない」

これはケインズ卿の考える経済学者の理想像である
要約すれば「経済学者は、数学者、歴史家、政治家、哲学者、芸術家でいなければならない。」
刻々と変化する状態に対してあらゆる知識を総動員せよとのことである
80年前と現代では大きく変わったであろう
大変化を迎えたのか変わらず、それを取り扱う理論は進歩したとは到底言えない
当時の理論を模倣することにどれほどの価値があろうか?
通用していないからこそ今日の世の中なのではないか?
天才画家が書いた絵を上からなぞっても名画が生まれないのは当たり前だ
模倣しているだけの今日のマクロ経済学に何の価値があるのだろうか?