数学的な経済学から社会学的な経済学へ
21世紀に顕著な経済学の脱・数学の傾向と、
それに反比例した社会学・心理学への接近について議論しよう。
文系の数学嫌いを罵倒する場ではなく、「最近の若者」を歎く場でもないので、そのような目的での利用は禁止。
あくまでも方法論としての数学的アプローチ、社会学的アプローチの意義と限界を述べるスレッド。 経済学も社会学もそれだけでは役に立たないからね
総合的に考えないと机上の空論にしかならない >>353
>経済学は社会学の一領域であり、
経済学と社会学をそれぞれ独立した学問領域ですよ。
>社会学も経済学も数学なしでは解けないってのが最近の流行だよね
Mathematical social scienceは1960年代に流行ったのでは?
それに、リーマンショックやらユーロ問題等を経験して、
数学的に問題を解くことはできても、
数学そのものでは問題の所在を明らかにできないと再認識させられたのが最近(の流行)だと思いますよ。 >数学的に問題を解くことはできても、
たとえばどんな問題??? >>355
物理経済学は新しい学問なんだが
数学なしに経済学を語ることはできないでしょ
心理学と社会学も数学に近寄ってきているし
確率論とか使うしね
>>356
>>357に聞いた方が早いと思うよ
>>357
数学だけで経済学を語ることはできないでしょ >数学だけで経済学を語ることはできないでしょ
むしろ語れない部分の方が多いと思うけどね
代表的個人が無限期間にわたって効用水準を最適化する資本蓄積を行うように
毎期毎期消費水準を制御するなんてトンデモの世界だから
所詮、数理経済学って理系様から借りてきた40年前の方法論を応用することしかできない また理系様が新しい方法論を開発してくれたら40年後に経済学がその後を追う形でしょw
Inexact sciences like economics advance funeral by funeralじゃなくて
Inexact sciences like economics advance after exact sciencesでしょw 実際この板でも制御理論とか名前だけ知って偉そうなこと言ってるけど意味わかってないやついるしな 社会学も数学要るよな
社会学的な経済学ってそもそもどういう意味なの?
哲学的な感じなの? 数学嫌いならおとなしく法学部でもいって六法全書でも眺めて
憲法改正論議でもしてりゃよかったんだよ。いまや、数学嫌い
だとそれくらいしかやれることない。 別に数学嫌いでも経済学程度の数学なら誰にでもできるけどね
いやむしろ経済学程度の数学程度でやれることなんかなにもないよ
経済学徒は何か勘違いしてるけど
むしろ民法の論理関係の方が明らかに難しいし 経済学には分野によっては超高度な数学が必要だよ
ゲーム理論とか、 いくら「数学が必要」と連呼したところで社会学の不要性を証明したことにはならないよ
そんなに数学が好きなら経済学やめて数学だけやってればいいんじゃない? 思いっきり文系なんだし、数学で食っていけるわけがない。
工学部や数学科ですら数学だけで食っていくのは厳しいのに。 >>370
工学部は経済学部に近いですが、数学科(理学部)は別格です。
おれが聞いた情報によると、もうじき中国はバブルがはじけて昔の貧乏な中国に戻るらしい
もう経済は破綻してて、取り戻すのは無理なんだそうだ
その世界では有名な政府関係者筋から聞いた確かな情報だよ
まあお前ら頭の良い連中には、今さらなくらいのネタだね、
お前らからすればもう常識的なくらいの知識だろ?
>>370
経済学部は落ちこぼれ理系の避難所じゃないよ
文系を名乗るなら社会学くらい真面目に勉強しようね >>373
そこがまさに問題だと思う。
彼らは実は経済の意味内容にはさして関心がなかったりするんだよ。
だから例えば、経済思想などには全く関心がない、もしくは解せない。
偉そうに言う君は経済の意味内容と経済思想の関係をここで説明できるのか >>375
ああ、君は日本語の理解に難があるようだ。
「経済の意味内容」を考えることこそが「経済思想」なんだよ。
意味内容に関する思索の体系が、即ちこれ「経済思想」でしょう。
まずは松原さんの「ケインズとハイエク」でも読みなさい。 >>377
文字読める?
君の愚問には付き合ってあげたんだよ。答えは書いてあるよ。
君は日本語が苦手ということが自分自身で分かっているようだね。
コンプレックスがあるのであろう。
ちなみに、上にあげた本は文体が難しいので、読み解くのに難儀する部分もあるが、
でも読めないことはないでしょう。
このスレのテーマである「社会学的な経済学」や経済思想にとって、
日本語による論理構成はきわめて重要になるよ。日本語を勉強したらいかがかな〜。 >>378
何言ってんのかチンプンカンプン
自分がわかってないのにオナニーこいて他人へ理解を要求されてもなー
↑巷では「ゴリ押し理工学博士」と許認可され
経済学総理になってください >>379
これくらいの日本語が分からないようでは、君はこの分野では
一つの論文も書けまい。雑文にもならないであろう。
で、挙句に「経済学総理」などと、意味不明な言葉を書いてしまう。
言葉に不自由な人間なのだろうと察しがつく。
社会科学なのだから、言葉に不自由では困るのだよ、お前さん……。 >> 言葉に不自由では困るのだよ
んなもん文学マニアやオタに応援してもらったら克服できんだろ
人は話すのと文字を使うのが特徴な動物だし スレタイがそもそもしょーもないからしょーもない話で盛り上がるしかない こういう人ってどういうスレタイなら満足するんだろうね >>1
そもそも数学的アプローチと社会学的アプローチは対立するものではないからなあ。
数学は道具で、社会学ってのは視点。
現象を社会学的な視点で分析して数学を用いて表現するのが数理社会学。 >>30>>42>>87>>365みたいに
「社会学でも数学は必要」とか「社会学でも数学をよく使ってる」
みたいな意見があるけど、日本の社会学の世界では必ずしもそうではないんだよな
社会調査系の研究で統計学がよく使われてるのはたしかだけど、
日本の社会学の研究全体に占める統計的社会調査の研究の割合はそんなに高くない
(アメリカではかなり高いけど)
『社会学評論』掲載論文を見ても、その手の論文はせいぜい2〜3割ぐらいじゃないかな
ちなみに、>>385で書いた数理社会学は本当に一部の社会学者しかやってない 役割分担が経済成長の基本とされているが報酬の分担がひどすぎる
経営者の報酬はマネージメント料だけでいい マネージメント料が異常に高すぎる
労働者と幹部の報酬比率を明確にするべき
投資家権限が強すぎる 経営に口を出すなら自分で会社を興すべき株主権限をもっと
規制しないと健全な経済体制にならない
株主の権限が強すぎるから役員報酬の高騰や儲けを出すためのリストラがはびこり
社会不安をひきおこしている >>384は>>385のこの言葉に返答すべき。
> そもそも数学的アプローチと社会学的アプローチは対立するものではないからなあ。
> 数学は道具で、社会学ってのは視点。
これは普通に誰でも思うことで、スレタイがそもそもおかしいことの
理由になっている。 数学至上主義者ってどうしてお決まりのように社会科学的なものを嫌悪するんだろう。 面倒な上に結論が出ないから。経済学者は良くも悪くも功利主義者。 >>384
結論スレタイ
『自己愛とオナニーが共存を望む必然性&社会的な不協和の萌芽を展開』
こんなのりなら満足するのかも 経済学って社会学の一部だろ 違うと思っているからクソ理論が出るw
社会の基本は信用で 経済の基本も信用 需要と供給は二の次
信用を守るために企業は損してでもやらなくてはいけない時もある
定価とは信用を表すひとつの形 現在社会は定価社会 コンビニで
買い物をするとき いちいち価格交渉などしない 価格の安定化は
経済の基本的要求 石油も消費量に合わせて生産しているので基本
的には価格変動はあまり無いはずなのである しかし投機マネーに
よって激しく値動きしているのが現実
投機マネーの抑制は最も重要な課題だ
>>393
>社会の基本は信用で
社会学ではあまり「信用」という概念は使われない。
「信頼」という概念は最近よく使われるけれど。
ところで、上の引用は、「信用が社会を成立させている」という主張のように読める。
でも、信頼(信用)が社会の一部分を成立させているのはたしかだけど、
信頼だけでは社会全体を説明することはとうていできない。
社会の成立においてより重要なのは、意味の共有。 >>395
「意味の共有」の意味を取り違えているよ
理解できていないのは自分なのに、他者を攻撃するなよw
それから社会的世界論において重要なのは、
パースペクティヴを共有する人の集まりを社会的世界とみなすこと。
社会の成員すべてが同じ社会的世界の成員であるわけではない。
知識の対立は、差別や排除や支配などにも関わるが、社会のダイナミズムを生んだりする。
まあ、まったく同じパースペクティヴを共有するという事態もありえないのだけど。
ズレがあるから相互行為が重要になる…というか、ズレがあっても相互行為は成立するんだが。
J M ケインズは、ケムブリッジ大学で数学を専攻し、『確率論』という本を書いている。
その後、彼は、経済学に転向。“ケインズ革命”を先導した。
http://www.age.ne.jp/x/eurms/ ルーマンは自己組織化の社会システム論を作り上げた。
生物学からアイディアをぱくったわけだが、これと影響を受けたの
がブライアン・アーサーで、複雑系経済学の旗手になってる。
俺が思うところ、数学もテキストが悪い性でこのスレのような議論が
されており、もっとわかりやすい複雑系・進化・主流派も含めた経済数学の本
がうまれれば自己増殖的に経済学の議論は容易になり新しいブレイクスルーが
起きるだろう。 >>400
本当に通俗科学本が好きなんだな、おまえ。
しかもブライアンアーサーの論文も読んでないだろ。
中身は普通のマクロ理論の方法だし。 もちろんだ。複雑系は手に染めたばかりだ。
ルーマンはある程度知っている。 >>399
一般理論およびその後のケインズは数学的手法にかなり否定的。
数学的手法と経済の本質を知っているケインズやサーカスならではこそ。 流動性選好説に基づいた貨幣供給式(一般理論第15章に現れるM=M1+M2)には、数学的手法では扱えない、投機的動機による貨幣保有の項(M2)がある。
これこそがケインズが最も重視する「人々の期待」を象徴するもの。 連投で申し訳ないが、検討する要素がどれも量的に明確なものであれば数学的手法が使えるんだが、
そういうことが言える仮想世界ではともかく、現実の世界はそうできてはいない。
そこでケンブリッジ=ケンブリッジ論争を参照することが必要になってくる。
これはハーバード(ボストンのケンブリッジにある)のポール・サミュエルソンとイギリス・ケンブリッジのジョーン・ロビンソンが中心となって交わした大激論であるが、
これは実質資本というものが計量できる概念なのかどうかということであった。
結局だけれども、計量はできないというロビンソンの結論が正しいということになった。
実質資本が計量できないのであれば、マクロ経済分析に数学を用いることに対する限界があるという結論ははっきりしている。
それぞれ計量化できない低次要素をまと纏めてひとつの項としたとき、まずそれ自体計量ができないだけでなく、他項とインタラクションが行われる場合は他項もまた計量できなくなってしまう。
ケインズ一般理論第15章の貨幣供給量の式がまさにそれなんだが。 最近ノーベル経済学賞の40年読んだけど面白かった
海外の大物経済学者もミクロ的基礎のある動学モデルは理論としてはすごいけど、現実には役に立たないみたいなことを言ってるよね 歴史上の経済学者の著作を読むと、
数学を専門的に学んだことのある経済学者ほど数理モデルの限界性を指摘しているんだよな。
ケインズだけでなく師のマーシャルもそう。
逆に明らかに数学が苦手だったと思われるシュムペーターが数理モデルの讃美者だったと知ったときは笑った。 >>408
当たり前の話。
価格や利子率の決定要素が幾何ブラウン運動をするならそういったモデルも妥当だが、
そんなのは現実の世界の話じゃないから。
つまり、現実の世界ではそういったモデルの適用はより深刻な恐慌と長期停滞を発生させることになる。 >>409
ケンブリッジ=ケンブリッジ資本論争の意味をちゃんと理解しない学者は数理モデルでとことん突っ走る愚か者になる傾向がある。 ケインズ革命にしても、誤解されている。
真のケインズ革命は一般理論のほうであって、貨幣論のほうではないのだが、貨幣論の内容のほうが有名で、専門家でもこっちがケインズ革命だと思い込んでる。
ポール・クルーグマンは2008年版の一般理論の序文を書いているが、一般理論の紹介をしているつもりで理論的には貨幣論の内容を紹介している。
なんとも苦笑。
ちなみに、理論的には貨幣論をちゃぶ台返ししたのが一般理論。 世界貨幣が均一したら一番にわかりやすい生活になるのに
円高も円安も解消
だが危険だからできないし、する時期ではない国々の生産と事情が世界均衡を保っている
例外でユーロの評価と批判も無視できん
未来に世界通貨が採用される時代は地球規模の危機が来たら間違いなくそこに逝くしかないのか
100年〜200年後以降とか500年後とか想像は果てしないがそこに向かうのか 実際日本の大学の経済学者で数理使ってる奴なんて1、2割くらい。
ほとんどが紀要に適当な散文を書いているだけ。
旅行記を論文と称している者もいる。
こういう学者をマンセーするスレですね。 いまの時代はマクロ経済学に数理を使い過ぎることが問題視されているのに。
確率論で世界に名を馳せた数学者でもあったケインズの警告はこの、「経済学では数理に頼ってはいけない」ということであった。
ケインズは、経済学が頼りすぎる数理を、「似非数学」(pseudo-mathematics)と呼んだ。 >>412
間宮訳の一般理論って評判悪いなぁ
>>412に聞きたいけど
一般理論の訳本でオススメの訳ってある? >>416
間宮訳は悪くない。邦訳のなかで一番いい。
しかし基本的に邦訳は薦めない。
まず経済学の基礎について学び、特にマーシャルの経済学を読んでから、
ケインズ貨幣論を読み、そこでケインズ一般理論の原文を読み、
一般理論について、いくつかの優れたコメンタリーを併読する。
コメンタリーでは一般向けではありながら、非常に優れた一冊は宇沢弘文先生の岩波で出しているやつ。
英語ではリチャード・カーン、ジョーン・ロビンソン、ジョン・イートウェルがそれぞれ非常に優れたコメンタリーを出している。
いま注目しているのは、Jörg Bibowのコメンタリー。これも素晴らしい。 個人的には全文が英語である必要はないと思うが、邦訳でも専門用語には原文の併記が欲しい。
特に古典的な著作の場合は、結局その書以降には使われなかったので定訳がなく学者が好き勝手な呼び方をしていたり、
見た目は現代語と同じでも今とは意味合いが全く変わっていたりという場合が結構ある。 アジア人は基本的に理系頭
日本人経済学者で国際的に通用しているのは
数理経済学者だけ
日本人で
世界的に著名な思想家・社会科学者とか皆無だし アジアとかどこも政治がクソ
アフリカの政治は最悪
文系頭じゃない人間に政治を任せると
クソ政治・最悪政治になる >>415
ケインズのどの著作のどこで、もしくはどの口頭報告でそういう発言がでたのか
具体的に教えてください ケインズ経済学 (図解雑学) 滝川 好夫
よんだけど全然わかんねーwww マーシャルが数学の利用に批判的だったのは知ってるが、ケインズが
そうとは思えないな。ラムゼーをべた褒めしてたし、そもそもEconometric
Societyの創設メンバーの一人で、計量経済に大きな関心を持っているという
コメントもある。
http://davegiles.blogspot.jp/2011/10/keynes-and-econometrics.html 数字の経済学っていうのは、極端なまでに世界の経済を単純化して、簡単に
わかるようにしようっていうものだから、当然、数字から溢れてしまうことが多すぎる。
典型的な例は、破綻したLTCMという超巨大ヘッジ・ファンド。
このファンドは、ノーベル経済学者を2人も抱え、世界のありとあらゆる経済統計や
経済バランス、政治の変数まで取り込んで、世界の市場を分析し、それが本来
あるべき数字からズレてるとこへ投資を行った。
たとえば、どこの国の債券は、本来もっと高くなっていておかしくないが、一時的に売られている
とかいう分析。
そして、その結果、売られていたロシアの債券のデフォルトの確率は、100万年に3回
しか起こらないから全力で買いだという結論になり、全力で買って買って買いまくった。
結果はだれでも知ってるが、デフォルトして、世界最大のヘッジ・ファンドが崩壊し、富裕層が
資産を失い、その影響は、アメリカだけでなく全世界へ広がった。
それはマーケットの動きの予想であって、経済学の予想とは違うっていう人がいるかもしれないが、
今は、世界の債券、株、石油や金などの商品にすべてヘッジ・ファンドや機関投資家が
売買をしていて、ワンクリックで世界の市場が動いてしまう。
たとえば為替が動くと、経済バランスが変わるし、株価も替り、景気もすぐに変動してしまう。
そして、そのマーケットの動きを経済学者が当てられるかと言ったら、当てられる人はだれも
いないだけじゃなく、そもそも経済学者は、そういうマーケットのしくみや動きに、いちばん弱い。
だから、過去の経済危機を、当てることができた経済学者はほとんどいない。
リーマンショックみたいな、世界を巻き込む天文学的な危機すら、経済学者は当てることができない。
経済学者の経済モデルより、ヘッジ・ファンドの世界の経済モデルや公式のほうが、何十倍も
精度が高い場合もあったりする。
で、今はヘッジ・ファンドだけでも140兆円、通貨が動くOTCデリバティブ市場なんていったら
京円単位で動いてるわけで、そこの予測無しでの、経済の予測はありえなくなっている。
経済学者でも、こういう政策をやったらマーケットがどう動くから、次はこうしようっていう、思考を
できない経済学者は、現実からどんどん離れていく。 >>425
「数学の利用に批判的」と「計量経済に大きな関心」は両立可能だが このスレって酸っぱいブドウの寓話の実例みたいなスレだな 実体経済なんてわからない!だから現実社会の勉強なんて無駄だ!と言っている人たちのことな 実際、工場で単純労働に勤しむのは文系だからな。
機械人間になりきれる文系が優秀なのかもしれない。 >>421
ケインズ一般理論の原書にはpseudo-mathematical methodとして2か所出てくる。
ひとつは275ページの下のほう。
ピグーの手法を激烈に批判しているところ。
もうひとつは297ページの下から3分の1ぐらいのところ。
今でいう主流派経済学に当たるやり方を激烈に批判しているところ。
一般理論はケインズが情熱的に語っているから俺みたいに英語がわかる高等な人間にはこれほどおもしろい本は他にそうそうはない。 >>425
ケインズは数学的手法の全否定はしていない。
彼は数学的手法が使える場合と使えない場合があるということを色々な言い方で説明している。
そして一般的には、経済学では往々にして基礎となる前提の部分の現実における妥当性の検討をせずに安易に数学を使いすぎるということも。
最も大事なのはその前提の部分の妥当性の検討、これが(マクロ)経済学の根幹であり、
ここでは数学的手法の入る余地は小さい。 >>431
>一般理論はケインズが情熱的に語っているから俺みたいに英語がわかる高等な人間にはこれほどおもしろい本は他にそうそうはない。
さすが岩波文庫の読書感想文書いてれば研究してると言われる分野のクヲリティは違うな…
英語で読むと高級なんだ?学説史のクヲリティヤバイwww 数学の利用と経済学の前提に関しては、たとえばThe Economist誌Free Exchangeブログの、
1/31の記事「Building a better model」を読むと面白い。
だが、そこに紹介されているABMとは基本的にはポーランドのオスカー・ランゲの
ワルラス均衡アプローチと同じもの。
著者のM.C.KはABMを、従来の均衡の経済学になかったなにかまったく新しい分析手法だと
勘違いしているようだが。
このアプローチはABMになってランゲの予言どおりコンピュータの発達である程度進化している。
しかしこの手法も無理があるね。
天下のサミュエルソンがロビンソン女史に完敗したケンブリッジ・ケンブリッジ資本論争の結論を無視している。 >>433
悔しいの?結局そんな部分にキレる程度の実力なんだからマクロ経済学は君レベルには無理。 >>435
悔しい?学説史にはむしろ憐憫の情しか感じない。
しかし学説史やってるとマクロ経済学やってる気分になれるとは驚きの新発見だわw
まあ、おまえは一生、岩波文庫を読んで日本語で読書感想文を書いてればいいと思うよ…
穴からでてくるなよ、臭いから >>436
君のはいかにもせいぜい三流大学出の低IQっぽい文章ですな ★マインドコントロールの手法★
・沢山の人が、偏った意見を一貫して支持する
偏った意見でも、集団の中でその意見が信じられていれば、自分の考え方は間違っているのか、等と思わせる手法
・不利な質問をさせなくしたり、不利な質問には答えない
誰にも質問や反論をさせないことにより、誰もが皆、疑いなど無いんだと信じ込ませる手法
↑マスコミや、在日カルトのネット工作員がやっていること
TVなどが、偏った思想や考え方に染まった人間をよく使ったり、左翼を装った人間にキチガイなフリをさせるのは、視聴者に、自分と違う考え方をする人間が世の中には大量にいるんだなと思わせる効果がある。 経済学とは目隠しして象の足に触りながら
これはこういうものだと想像する学問にすぎない
実体経済があまりにも膨大すぎて、どうやっても全体を俯瞰できないから、実体経済は誰にも掴めない
正直、学問としては地震学とか軍事学に近い部類なんじゃないか >>432
異論は無いけど、ケインズの時代から数学も相当発展している。
あの時代はまだ確率微分方程式も無かったはず。数学というか数理モデルの扱える範囲
が広がってはいるだろう。
ちなみにケインズを原書で読む自信がないから、とりあえずとっつきやすそうなヒックスから
読んでみようかと思ってる。 現実的には社会学なんてくそ使えないわけで、そんな学問にわざわざ
へりくだって近づいていく意味がない。
わざわざつかえなさ具合を上げてどうする。 別に経済学が万能なわけでもあるまい
社会学の良い点は採用していくべきやろ 伝統的に、「規制を何でも悪」と考えるのが、アメポチ=新自由主義者=売国奴の悪い性(さが)
だがしかし、規制があったほうが、悲劇が起きずに幸せに暮らせるという現実がある。
例えば、つい最近起きたエジプトの気球火災墜落の事故、
あの事故で、理不尽に何人も気球ごと墜落して亡くなったのは、ご存知と思うが、
観光用の気球の「規制」の必要性を感じた人も多いだろう
ちょっと考えただけでも、
気球の風船の部分の布の不燃材料使用の義務化、かごの部分の不燃材料使用の義務化は元より
ガスボンベ、ガス管等の定期点検の義務化、飛行士の技能の検定試験化、、、
のような規制の制度化が思いつくわけだが、
要するに、規制というものは、「事故の教訓」などを踏まえて、「必要があった」からこそ、立法化されている場合がほとんどで、
では、経済活性化のためになら、規制緩和「おいそれ」とは「成らない」
気球の観光を申し込んで、いつ、何時、自分が事故の犠牲者になるかもしれない、
「客」の立場に立ってみれば、観光を楽しみたいのは、アメポチ売国奴も同じで、「安全」、「安心」を担保させるには
規制はどうしても必要なのだよ? 今の経済学は金融を重視しすぎでだめだね 雇用の流動化とか移民とか
数字の上では間違っていないが実際にやったら社会が混乱する
目先の数字ばかり追っていて もっと大事な物を忘れている
平等で安全な社会を作るためにさまざまな規制がある それを緩和したら
必要以上に競争や格差が助長されてしまう 規制緩和は一時的にはいいが
持続性がない よくわからんのだが、経済学って応用数学の1分野だっけ?
いつも数学科のシラバス見るたびに必ずといっていいほど、経済や金融が確率過程論や確率積分の応用として載ってるから
だいたいOU過程ででてくる。 結局数学使わないで記述的なことだけでやったら>>446みたいな
論理のかけらもないやつが大暴れになるだけ 経済学における数学武装化って、論理性の足かせをはめるって
ことでトンデモ理論との壁を作るメリットがあるな。
ただ、数学武装化もトンデモ化するデメリットもある諸刃の剣 数学武装化したトンデモ理論はジャーナルに投稿する際にRejectされて淘汰されるよ >>450
そうそう。リフレ理論だってDSGEとしてモデルにいろいろ不効率な要素組み込んで
金融サイドの問題も無視して金融政策が効くようなモデル作り上げることは簡単なことw
でも過去の経験や現実からすればトンデモに近い仮定おいてたりするんだよ。 経済活動は人間が行う以上、論理的には説明できない。