「経済学者や政治哲学者の思想は、それが正しい場合にも間違っている場合にも、
一般に考えられているよりもはるかに強力である。事実、
世界を支配するものはそれ以外にはないのである。どのような知的影響とも無縁であると
みずから信じている実際家たちも、過去のある経済学者の奴隷であるのが普通である。
権力の座にあって天声を聞くと称する狂人たちも、数年前のある三文学者から彼らの気
違いじみた考えを引き出しているのである。私は、既得権益の力は思想の漸次的な浸透に
比べて著しく誇張されていると思う。もちろん、思想の浸透はただちにではなく、ある時間を
おいた後に行われるものである。なぜなら、経済哲学および政治哲学の分野では、25歳
ないし30歳以後になって新しい理論の影響を受ける人は多くはなく、したがって官僚や政治
家やさらには煽動家でさえも、現在の事態に適用する思想はおそらく最新のものではない
からである。しかし、遅かれ早かれ、良かれ悪しかれ危険なものは、既得権益ではなくて
思想である。」
(出典:『ケインズ全集7 雇用・利子および貨幣の一般理論』 訳者:塩野谷祐一 東洋経済新報社 P384)