根井雅弘『経済学の教養』(20-1頁,2006年より)

【コラム3】利潤決定の命題
 単純化のために、政府の経済活動と外国貿易が存在しない「封鎖経済」を考えてみまし
ょう。カレツキは、表の左側に国民所得勘定を、右側に国民生産物(支出)勘定を置いて
対照させます。すなわち、左側には、利潤(資本家の所得)十賃金(労働者の所得)=国民
所得を、右側には、投資十資本家の消費十労働者の消費=国民生産物、を書き込みます。
ここで、労働者はその所得をすべて消費する(賃金=労働者の消費)という仮定を置くと、
あとに残されたものの関係から、利潤P=投資I十資本家の消費Cという式が出てきます。
これがカレツキの利潤決定の命題ですが、彼は、この式を右辺が左辺を決定する(資本家
の投資および消費に関する決意が利潤を決定する)というように解釈します。ところが、資本
家の消費は利潤の関数(C=B0+λP, Bは基礎的消費部分で常数、0<λ<1)なので、これを
前の式に代人すると、P=(B0+I)/(1−λ )という式が得られます。さらに、賃金分配率
W−Y(Wは賃金所得、Yは国民所得を表わす)をα(0<α<1)とおくと、利潤分配率は(1−α)
なので、これをさらに代入すると、次の式が得られます。

  (B0+I)
Y=______
  (1−λ )(1−α)

 ここで、1/(1−λ )(1−α)がカレツキの「乗数」に当たります。
 カレツキは、利潤決定の命題を、マルクスの再生産表式をヒントに次のように導き出し
ました。まず、経済を三つの部門(投資財を生産する第1部門、資本家の消費財を生産する第
II部門、労働者の消費財を生産する第III部門)に分けて考えましょう。各部門の生産物の価
値が、不変資本c、可変資本v、および剰余価値mの和に等しいことはマルクス経済学の
ABCですが(以下では、各部門のc、v、mを表わすために下に数字を添えます)、カレツキ
は労働者はその所得(v1+v2+v3)をすべて消費する(c3+v3+m3)仮定しているので、
v1+v2=c3+m3という関係が得られます。この関係を利用すると、粗利潤c+mの総計
(m1+m2+m3+c1+c2+c3)は、第I部門と第II部門の生産物の価値の合計
(c1+v1+m1+c2+v2+m2)に等しくなります。すなわち、P=I+Cと同じ命題が得られるのです。