岩井克人『資本主義を語る』
http://tetsusala.seesaa.net/article/400611103.html

《柄谷 …震撼させられたという思いがしたのは、マルクスではなくて、鈴木
鴻一郎の『経済学原理論』だった。…ぼくのマルクスの読み方は、宇野弘蔵より
も鈴木鴻一郎を経由しているもので、はじめから「信用」の問題なんです。
岩井 ぼくは、鈴木鴻一郎の講義を一度聞いて、マルクス経済学をやめたんですよ(笑)。
柄谷 ぼくは、講義なんか一度も出ていないもの(笑)。…
岩井 …ぼくがやったというのは、結局、鈴木鴻一郎のいう信用過程が終わって後ろ
からすべてを見直して、信用過程を最初の流通過程にくり込んだということな のかも
しれません。マルクスの場合、「労働価値説」という不可能性のコアをもっていて、
「真理」への到達がつねに遅れてしまうから、どうしても俗な意味で の「弁証法的」
な展開をしてしまうわけです。ぼくの場合は、その「労働価値説」という不可能性の
コアがないから、無限の時間を、無限そのものを今ここで実 体化している「貨幣」
の問題の一つの派生的な問題として処理することができたわけです。…》