いうところの宝の持ち腐れという事は当然のことながら
消費されないものは廃棄という事になり、むしろ負の価値となる
価値は生産においてある程度は既定されるが、消費においてその価値は実現し存在することになる
いくら作ってもどのように作っても何を造っても
価値となるのではない、
消費こされてこそである
たくさんの資材と労力を使い家を建てても、売れなければ解体廃棄となる
キャベツが豊作で大喜びもつかの間、豊作で値崩れして出荷できなければ、機械を使い押しつぶすしかない

価値はあくまでも消費にゆだねられる。
価値は生産とともに消費がその価値を実現させ規定するという事でもある