マルクス経済学 第5章
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◇前スレ マルクス経済学 第4章 https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/economics/1521623540/ ◇資本論の主な翻訳 岡崎次郎訳『資本論』(大月書店、1972年) 資本論翻訳委員会訳『資本論』(新日本出版社、1982年) ※分担訳 中山元訳『資本論』(日経BP、2011年) ※第1部のみを訳出したもの 今村仁司ら訳『資本論』(筑摩書房、2005年) ※第1部のみを訳出したもの なお、向坂逸郎訳『資本論』(岩波文庫、1969年)がよく読まれているが、これは上述した岡崎次郎が翻訳したものを、向坂逸郎の名で出版したもの。 マルクス経済学 - 新・金融経済まとめwiki - アットウィキ https://www65.atwiki.jp/internetkyogakusys/pages/75.html マルクス・左翼リンク - 新・金融経済まとめwiki - アットウィキ https://www65.atwiki.jp/internetkyogakusys/pages/76.html
じっさいの自由主義経済においては価値の源泉は労働ではなく「労働契約」 労働契約によって生産が組織化され、一方で生産物のもつ本源的価値が 契約によって金銭的価値に転換される。大量につくりだされた生産物・商品の 市場価値がどのようなものであろうとも「労働契約」は優先されるので、ここで 労働賃金というものが確定する。一方で商品のもつ本源的価値の市場評価は まさに市場(見えざる手)次第であって、たいへん評価されることもあれば全く 評価されないこともあり、ときには処分費としてさらに追加の費用を要求される こともある。この不確定性を引き受けるのが資本家であって、資本家は「労働契約」 によって労働価値と商品価値とを結合させる触媒作用をはたすのである。 まあこういう程度の話しなのよね。「労働価値」をもういっぽ踏み込んで「労働契約価値」 と表現すれば、べつにマルクスとケインズの到達点はそんなに差は無かった。 魚市場だけじゃだめだけど、魚市場が一番大事だろ。日本じゃ。 知的エリートの頭の中なんか変換できるのか? >>379 労働価値説がこれまで反証されたことがあったっけ? 理論的には成り立たないとかさんざん言われてきたのは知っているが、 ちゃんとデータで実証的に反証されたことってあった? そしてそもそも効用価値説のほうに反証可能性があるの? 理論として反証できてしまいやすいところはその仮説がより科学的であることを意味しているよ。 世の中に労働によって出来ていない商品は一つでもあるか? ない これが労働価値説の証明 長期的には我々は皆死んでしまうのではなく労働価値説の支持者だ ただし株式会社の経営者、株主は短期的に物を見る これが問題だ そういう定義にしたら「価値のない商品には労働は投下されていなかったといえる」 で循環論証になるんだよな(反証可能性の拒否) 労働価値説が科学的であるためには明確に定義したうえで検証していくことになる。 効用理論はそれすらできないのよ。なにしろ内心の効用を評価単位としているから。 労働価値説のいくつかの実証研究によれば いわゆる「転形問題」はその存在が否定されます。 転形問題というのは近経とマル経との理論上の不整合性の問題にすぎないわけです。 Duncan Foley 1989 Ideology and Methodology https://docs.google.com/a/newschool.edu/viewer?a=v& ;pid=sites&srcid= bmV3c2Nob29sLmVkdXxkdW5jYW4tZm9sZXktaG9tZXBhZ2V8Z3g6MzQw Y2M2NTIwODc4MzU3MQ (長すぎて受け付けないので、URLを折り返した。繋げて見るか、Dancan Fpley's Homepage のpapersの一番下の方を見てほしい。) 30年前にDuncan Foleyがパークレーの大学院生向けに話した内容だが、いま読んでもすば らしいし、今こそ話の内容が妥当するとも言える。 ☆本文が長すぎるようだから、3回に分けて投稿する。 経済学の主流=体制派に対し、反対派ないし主流経済学に違和感を覚える学生がどう考 えていったらいいかを体系付けている。 Duncan Foley は、紹介の必要がないと思うが、最近の学生には知らない人がいるかもし れない。アメリカでは数少ないマルクス経済学者で、MIT やStanfordの准教授になりながら、 マルクス経済学者であることを理由にtenureを取れなかった人だ。ただ、彼はそれでくじけた りせず、いまはNew School for Social Research の教授兼複雑系で有名なSanta Fe研究所 の院外教授を勤めている。 Foleyは、日本では想像のつかないほど厳しい圧力に耐えてきた人であり、その彼が反主流 経済学に取り組もうとする大学院生向けに話した内容であたるだけに、説得力がある。 詳しくは本文を読んでもらうに如くはないが、簡単に紹介しておこう。 第2節では、反対派(dissidents)が採用しなければならない戦略について主流派が 学ばなければならなことについて語っている。 @有用で正しい方法、データ、理論、結論などは偏見をもつことなく採用すること A主流派経済学の構築物は代替的理論を構築する上でのモデルとなりうること B主流の経済学が持つと同じように、代替的経済学は、あらゆる水準の抽象さと科学的知識 の再生産のすべて分節構造とを持たなければならないこと、したがってわれわれには科学 研究の如何なる分野であろうと、それが抽象的過ぎるとか複雑過ぎるとかいう贅沢は許され ない。 第3節では、方法とイデオロギーの関係を間違えないよう、「方法の批判」について語っている。 方法は、3つの観点から批判的に吟味しなければならない。 @方法が正しく用いられているか。 A問題に答えるのに間違った方法が使われていないか。 B間違った問題が問われていないか。 第4節は、代替的経済学を構築する上での注意点である。 @強くかつ正直に自己批判的であること A問題にかなった方法を採用し、好き嫌いをしないこと B方法論的にアグレッシブであること C問題設定を明確にし、それらを一貫した枠組みで捉えること Dわれわれは生き延びなければならない。 それぞれの項目には、詳しい解説があるので参考にしてほしい。DはFoleyの 実人生からの教訓だ。代替的な経済学を構築するには、アカデミーの中で 生き延びなければならない。そのためにどう行動すべきか。それが次の第5節の 主題だが、省略する。院生としては一番気になるところだろう。 第6節は、主流の経済学の弱点と傾向を語っている。これも5点あるが、さすがに 30年後の今日から見ると、やや楽観的すぎる観測や外れた見通しがある。 たとえば、Cでは計量経済学の発展によって方法論的に疑わしい方法は棄却され やすくなってきたと指摘しているが、DSGEやcalibrationの横行のような事態は 想像できなかったのだろう。AでPaul Romerの内生的成長理論に期待している向き があるが、これは正しい判断だったのだろうか。こうしたいくらか留保すべき点が あるものの、主流の経済学に違和感をもつ経済学者が考えるべきこととして、この 講話内容は日本でも十分熟読に値する。 いや、ひょっとすると日本でこそ、読むべき内容かもしれない。というのも、日本の マルクス経済学は、いいかげんに体制化していたためか、方法論的にアグレッシブ ではなく、方法論的にきわめて保守的でむしろ既存の狭い枠に閉じこもってきた感 じがある。 たとえば、日本ではマルクス派は、スラッファ派やケインズ派と僅かの観点の違い を巡って対立してきたが、主流の経済学に対抗し、代替的理論を構築するという努力 において欠けていたと思う。第1節の「"主流派"経済学のヘゲモニー」では、Foleyは 知的ヘゲモニーは、政治的なイデオロギーよりも、方法面で経済学を支配していると 指摘し、その一例として一般均衡という枠組みを挙げてある。 考えてみれば、明示的に一般均衡を標榜しなかっただけで、多くのマルクス経済学者は 実質的には一般均衡の枠組みで経済を理解しようとしてきたとも言える。これはアメリカのような厳しい抑圧の中で耐え抜いたFoleyだからこその明察とも言える。 もちろんマルクスは 貨幣・金融を通じて人々をいかに支配しているのかという事を暴露したのです その一例が インフレという事であり、 恐慌などは、金融資本における産業支配の強化そのものだという事です 資本の番人たちはそれらのことを熟知し、時に恐慌を仕掛けて産業資本を慌てさせ金融依存を強化させてしまうのです。 まさにマルクスはこれを暴露し その根源が貨幣金融による人民の支配だという事です ぶたマークさん (>>118 >>142 ... >>367 >>394 ) 変な常識を振り回さずに、ちゃんと経済学もマルクスも勉強してよ。 まさしくマルクスの資本主義に対するアンチテーゼを そのまま経済学説にしてしまうという マルクスの意図を敵視した坊主が 「マルクス経済学者」と名乗っている マルクスの意図を理解すれば されはまさしく戦いの原点であり、またその理論を理解すれば次に発展した理論でなければならない。 まさしくマルクスの理論を理解した資本主義の指導者たちは マルクスへのアンチテーゼを掲げ 労働者階級を分断細分化することに成功した おまけに大衆を通貨を通じて「資本」の側に立たせることにも成功している。 >>396 資本主義の指導者たちはマルクスへのアンチテーゼを掲げ労働者階級を分断細分化 することに成功した これは事実だが、だからといって無手勝流は通用しないでしょ。現代資本主義を分析解明する 理論が必要だ。 >>397 岩井克人は灯台から丸系をすべて追い出したが、それに代わる経済学を 構築できたわけではない。 >>376 海外部門があるから、なりうるよ。 その逆バージョンで全部赤字なのが、アメリカの「双子の赤字」。 考えてみればおかしな話だよな。お金を使わないと不景気になるんなんて。 それも人々の選好ならば仕方ないんじゃないか? 将来的にはAI・ロボット化が究極的にすすんだら労働は生産要素から消えるんだよね。 まさしく資本主義の指導者たちは マルクスの資本主義に対するアンチテーゼを理解し そのアンチテーゼをなしたというべきです 「マルクス経済学者」たちは いまだにその理解解釈にとどまっているというのに >>407 AI・ロボット化の進展により生産関数から労働の投入量は消える。 確かに字面の解釈はそれなりかもしれない ただマルクスが求めたもの マルクスが目指したものは まさしくその先の変革ということであり、 発展ということ照す そして土曜に変革するのかはもちろん21世紀的でなければならず 対象としての経済社会構造体も マルクスの時代から本質は変わりないとしても、 実態は大きく異なっており、 その失態をいかに変革するのか ということがマルクが求めていることです 将来的にAI・ロボット化が進展して完全省人化に成功したら樋口美雄なんて仕事はなくなるな。 もちろんマルクスの時代から大きく世界は変わっているのですね とりわけマルクスのアンチテーゼに対する対策が施された実態となっていることは言うまでもないのです 対象としての世界ー経済社会構造体がそれなりの変化を遂げているのですから もちろんマルクス手思想はその自己変革も求めていることは言うまでもないのですね まさしく経済活動の道具としての貨幣を その支配を通じて人々を支配収奪する道具としたのが資本主義であり、 挙句は金融資本主義に行き着くところを 暴露したのがマルクスです もちろんマルクスは19世紀の経済社会構造体という対象に対して アンチテーゼを掲げたのです 当然その対象としての経済社会構造体は そのアンチテーゼも克服しながら 発展変化を遂げてきたのです マルクスの意図とその思想を理解するならば いつまでも理解解釈に精進するのではなく 新たな21世紀的経済社会構造体に立ち向かうべきなのです 丸真楠のアンチテーゼをある程度克服した 経済社会構造体に そして実態としての社会主義運動の変化の必然性を実証する 改革開放の中国・ベトナムのドイモイそしてその前例としてのネップ のりかいを 金融資本主義が行きつくことは惨事だか意図的に操作したところで幸せにはなれない。 正しくマルクスは 理解よりも発展的批判を求め 変革を求めているのです マルクスは自らの理論はともかくその教条が不滅どころか変革の対象となることを求めているのです。 実在としての世界 とりわけ、その対象としての経済社会構造体が 発展転化しつつあることこそマルクスの主張です。 すなわちその経済社会構造体の発展転化に相応してマルクスの教条も発展転化させねばならないというのがマルクスの真髄です。 だからこそレニンはその発展転化を試みたのです マルクスの教条に反して遅れた資本主義から社会主義革命を行ったのです。 マルクスの教条に反して一国社会主義を目指したのです そしてネップです これこそがマルクス主義なのです 勿論それは20世紀初頭のロシアという条件下での発展です 21世紀的にはまた発展転化が求められています 勿論この発展変化についてゆけず反対したのが プレハーノフらでした マルクスの知らない日本においては 更なる発展変化したマルクス理論こそ求められます 教条につかり切った自称「学者」などはマルクスに敵対する存在です マルクスの現実の捉えようは天才かもしれないが運用となると画一的だったという反省が残る。 ストップ高選手権でさすがトータル1位を取った アマゲンさんの情報はマジスゴ。 今NOTEサイトでリリースされだしたね >>418 たしかに、マルクス自身はロシアのナロードニキ運動に対して 対して一定の理解を示していたと思われ。 そして、自分の著作は西欧についての歴史をモデルにしていて、 他の国では事情が異なるので、 このモデルが他の地域に通用しないことがあることを認めていた。 ただし現在では結果的にマルクスよりもプレハーノフのほうが正しい 予測をしていたようにも見える。 というか、いずれの考えもマルクスは持っていた。 ,,r'"´ ̄ ̄`""´´~`'‐、 / ,. -‐'´  ̄ ̄ ̄`゙ヽ ゙、 . / /::: ::: .i i. {. i:: :. { i . ! .f,.-‐-、 。 =─‐- ! ヾ,' ヽ.!::;r‐-、:;ー=:::; ‐- ゝ、r 、 . {l ニiエゝ! ヾィ'エミゝ :lヾ/ト.} f{:: `ー-' | 。`‐- :"?J.l . {! ,{_ ,、 :iー' !::.. ...:::~:ハ^ ヽ :i . !:::::::::k===‐- :,! . ヽ:::::::... ̄.... /:ト、 ヽ::::::::::::::...... ,‐'´ ,イ ヽ、 . _/fl:`' ‐--‐ '::::.. // } `‐、 _// |ト、::::::::::::::::: // l l''‐- / イ !!.ヽ:::: ::::::// .! │ 逆進性による つまるところの貧乏人派遣社員全国年収200万以下が少子高齢化で首切りが始まり納まるものも収まらぬ けたたましい 子供を産む人が減っておろう ,,r'"´ ̄ ̄`""´´~`'‐、 / ,. -‐'´  ̄ ̄ ̄`゙ヽ ゙、 . / /::: ::: .i i. {. i:: :. { i . ! .f,.-‐-、 。 =─‐- ! ヾ,' ヽ.!::;r‐-、:;ー=:::; ‐- ゝ、r 、 . {l ニiエゝ! ヾィ'エミゝ :lヾ/ト.} f{:: `ー-' | 。`‐- :"?J.l . {! ,{_ ,、 :iー' !::.. ...:::~:ハ^ ヽ :i . !:::::::::k===‐- :,! . ヽ:::::::... ̄.... /:ト、 ヽ::::::::::::::...... ,‐'´ ,イ ヽ、 . _/fl:`' ‐--‐ '::::.. // } `‐、 _// |ト、::::::::::::::::: // l l''‐- / イ !!.ヽ:::: ::::::// .! │ 逆進性詰まる所 納まらぬ 負の所得税しかなかろう、さもなくば出国税5000円 金持ちというからに金もっておろう中洲化にいと精霊流し 要するに、資本主義的発展というのは旧共産圏と呼ばれた国々においても 飛び越えられない道になっているように見える。 実際、レーニンにおいてトロツキーにおいてもスターリンにおいても 共産社会は未来の話だと考えられていて、ソ連はそこへ向かっているが、 まだ共産社会に辿り着くにはイングランドやUSAなどの西欧諸国よりはるか に遅れていると考えられていたことは確か。 マルクス主義なんかやっても経済崩壊するだけだから誰も本気で取り入れるはずはない だからどこの国でも北一輝の国家社会主義になる スターリンやブハーリンだって結局一国社会主義とかいって北一輝の理論に収まった >>393 中国や韓国や北朝鮮何かリベラルやリバタリアンなんか皆無で自民族中心の極右しかいないだろ 勿論自称マルクス学者なのでしょう ただマルクスは 学者のために書物を残したのではなく 戦う労働者・知識人の戦う道具として残したのですね もちろん「学者」を自任するにはそのマルクスの意思を理解しているならば その意図に従い逃走に決起しなければなりません マルクスはそれを求めているのです 面白いものを読んだ:マックス・イーストマンという昔からの共産主義者の再発見 すなわち、マルクスは私有財産制を廃止することによって無限の自由と平等を与えられるという希望を持ったのであるが、 その自由と平等を、限られた量にせよ人類に与えてきた主要な源泉の1つこそ、私有財産制なのだ。 ふしぎなことに、それを始めて理解したのはマルクスだったのである。 マルクスこそは、過去の歴史を顧みて、自由市場を持った私的所有による資本主義の発展が、 これまでのあらゆる民主主義的自由の発展にとっての前提条件であったのだと、われわれに教えてくれたのであった。 しかし、歴史の将来を展望したとき、そうであればこそ、自由市場を廃止すれば他の自由も 消えてしまうだろう、という考えは、彼の心にはまったく浮かばなかったのである。 さすがにそれはナイーブすぎる自己肯定だろw財産的自由権から 人間社会の自由と平等を描くのはアンシャンレジーム期の啓蒙 思想の果実であって、イギリスではベンサムにより思想的に定義 されJSミルにより経済学に昇華されたものだとするのが公平な 評価というものだ マルクスがこだわったのはあくまでフランス革命と反革命のなかで固定化された 個人の経済的自由の帰結としての不平等の是正と、自由主義の当然の結果と しての恐慌の頻発への対処であって、正統派の古典経済学が自由主義に立脚 して理論を構築したのに比して平等主義(労働価値説)を基本命題に設置して そこから新たな物質社会を再構築しようとした、そしてうまくいかなかった。 こういうことだろう。なお残余の「博愛」の部分については現代もなお経済学の 課題として残されておる。 マックス・イーストマンという人物はトロツキストから プロパタリアン(右派リバタリアンともいう)に転向した人物で オーストリア学派の信奉者だった。 ただし、こういう例外的な1人や2人をもってネオコンやネオリベの 起源がトロツキズムにあると見なすのは無理があると思う。 日本にも藤岡信勝氏のような人物がいた。 そもそも身分制社会も奴隷制も自由主義の帰結であって 自由主義でなかった社会はない。 近代以前の身分制社会は自由主義とその帰結から成り立っている。 身分制社会とは自由が私的財産権を与えられていて、 個人の自由が極めて不平等に相続され、自由の占有が行われる社会だった。 近代社会になってはじめて自由は平等にすべての人に配布されるという理念が 社会の表舞台に登場するようになった。 だからプロパタリアリズムというのは何も新しい考え方ではなく 長く続いた身分社会にとってもっとも強固なイデオロギーだった。 なぜモデルの話にならないんだ。現実逃避の羅列ではなあ。 「自由を平等に分かつ」が近大自由主義の焦点でしょうね。 確かに神の手によって自由に放任しておいたら王権神授説まで行ったわけだし。 大事なことは近代とは近代化であり常に現在進行形であるということ。 ポストモダン(近代以降)というのは幻想であって、 近代社会においても常に近代化のための階級闘争が展開されており、 その情勢によって常に近代以前(プレモダン)の身分制社会に 逆戻りする反動の力が近代社会の渦中においても常に働いているということ。 これを忘れてはいけない。そう教えているのがマルクス学派。 そんなに難しく考えなくてもいいんじゃないの? とにかく意図的に平等にしようとすれば、どうしても何らかの 強制とか権力的な力が伴わないとできないから、 それが独裁に繋がってしまうんでしょ。 だが共産主義は初めからその意図ありきで問題外。 だから平等はあくまでも機会の平等に留めるのが自由を侵害しない方法だと思う。 もしくはアメリカのように元々少し出発点な状況でもあったトクビルの言う「境遇の平等」とか。 〇 出発点が特殊な状況でもあった × 出発点な状況でもあった もちろんマルクスは 当時の経済構造体に対して アンチテーゼを投げかけたのであり、 その対象としての実在体制が発展変化していることは言うまでもないのです そしてその発展変化は マルクスのアンチテーゼも一定の前提としたものです その根本とは… 連合国設立の国連などによる、難民や移民という【意図的】な人のグローバル化ということを知ろう。 >>449 たとえそうだとしても、それは白人至上主義が前提だから、 中世のしがらみが取れてしまっても相変わらずの 植民地争奪戦と原住民の皆殺しなどの上に成立。 トクビルの言う「境遇の平等」 >>446 身分制社会がその階級秩序を維持するためにどれだけの犠牲を払い、 どれだけの暴力を行使してきたことか。 資本主義諸国になってもその不平等を意図的に維持しようとして その秩序を保守するために警察権力を総動員して無数の人を逮捕し、 強制収容所(自由を奪って労働を強制する施設)に送っているし、 軍事権力を世界的に行使して侵略戦争を行い、他国でクーデターまで起こしている。 人間、正当なイデオロギーが行っていると思うとその暴力性が見えなくなり、 どちら側のイデオロギーにも立たない客観的で公平な視点を失ってしまうという典型。 体制を維持しようとするために大量の暴力と流血が動員されるというよりも 体制を破壊しようとする勢力を排除するために暴力と流血が動員されるんだ けれどもね。ココ大切よ。ほんのちっぽけな名誉のために大量の血液が要求 されるから大半の群衆は保守的なんだよ。 再度、それがどうかしたんですか?? >>452 名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/18(月) 19:32:57.80ID:CBuVsleb >>446 身分制社会がその階級秩序を維持するためにどれだけの犠牲を払い、 どれだけの暴力を行使してきたことか。 資本主義諸国になってもその不平等を意図的に維持しようとして その秩序を保守するために警察権力を総動員して無数の人を逮捕し、 強制収容所(自由を奪って労働を強制する施設)に送っているし、 軍事権力を世界的に行使して侵略戦争を行い、他国でクーデターまで起こしている。 人間、正当なイデオロギーが行っていると思うとその暴力性が見えなくなり、 どちら側のイデオロギーにも立たない客観的で公平な視点を失ってしまうという典型。 >>455 名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/18(月) 23:31:07.62ID:dBHaki6A 体制を維持しようとするために大量の暴力と流血が動員されるというよりも 体制を破壊しようとする勢力を排除するために暴力と流血が動員されるんだ けれどもね。ココ大切よ。ほんのちっぽけな名誉のために大量の血液が要求 されるから大半の群衆は保守的なんだよ。 突っ込むとするなら、「だから大半の群衆は保守的なんだよ」とか。 体制の維持をすることを保守といい、基本的に人類は保守なだんだけどね。 保守してきたからこそ人間の生活が何千年も続いているんだよ。 更に言うならそれは生殖の本能と共に、な。 また、20世紀初めから現在までも続いている共産主義はこれまでに世界で1億人弱を殺しているとか。 この体制が誕生して100年経過したが、特に、隣の国では千万単位の国民が死んだ。 この膨大な数も、はるかに少ないホロコーストにかき消されてしまったわい。 若いから身分が下というより背丈や体重も身分階級制に考慮した方がよい。 階級下のモノを殺すのは処分だ。自分より上を殺せば栄勲だ。 江崎氏が東欧を取材 【怒れるスリーメン】Part20-@ https://www.youtube.com/watch?v=VHpuqnqn6Rw バルト3国を中心に、旧共産主義やKGBの戦争責任、 ソ連の戦争責任を追及する博物館を凄い勢いで作っている。戦争、占領博物館。 それで歴史の見直しをヨーロッパ全体で…。 一番悪いのはナチスドイツとスターリンで、そのスターリンの バルト3国占領を黙認したルーズベルトも同罪だと。いうような博物館を作っている。 「共産主義黒書」本はすでにその主要な作者(7人の著者のうち6人が)が そのいくつかの誤りを認めています。 ノーム・チョムスキー氏もまた、アマルティア・セン氏の業績(インドと中国の比較) を援用して『資本主義黒書』の不公平で偏った視点を批判しています。 「資本主義はどれだけ殺したか」・・・単に数の問題でかたずけるとは面白いじゃないか。 戦争という個別的自衛権でもなんでもないのに、わざわざ自国民を殺し植民地のような収奪。 それが近代に起きてしまったわけだ。そう、産業革命で豊かになった時代にだ。 まさに狂気だ。 >>468 名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 22:30:47.71ID:iHBTjS1v 「共産主義が1億人を殺したとするなら、資本主義はどれだけ殺したか」 https://eand.co/if-communism-killed-millions-how-many-did-capitalism-kill-2b24ab1c0df7 しかし連中は未だ、のうのうと生きているようだ。 そうだヤルタ会談を見ろ。なぜソ連が仲間だったのだ? なぜホロコーストばかりが吹聴されているのだ? なぜ中共が建国できたんだ? なぜGHQは左派を応援したのだ? 何故アチソンが声明を出したのだ? 何故アメリカがソ連邦へ300億ドルの資金援助をしたのだ? 何故ああも簡単に貿易センタービルが崩壊したのか? 何故関係のない第7ビルも壊れてしまったのか? 何故連合国は東シナ海に軍艦を派遣しているのか? 結局のところ レーニンは革命とともに マルクス経済学を実践的に発展転化させつつあったのです 勿論それはロシア的にという事です マルクスのりろぉを行状的に実践することなどは 正しくマルクスに敵対する行為です マルクスは19世紀的ヨーロッパの経済社会構造体に対して アンチテーゼを掲げたのであり、 それはロシアの実態とは異なったものです 典型的なのは マルクスの革命展望が 「発達した資本主義国から起こり連続的に世界に波及する」という 社会主義革命のマニフェストが レーニンによって発展転化され 遅れたロシアから革命は起こり、それは連続的に世界に波及させるのではなくロシア一国での革名の成功を目指したのです 勿論立派な理論家であるプレハーノフは反対したし トロツキーに至っては断固たる反対闘争に行ったのです マルクスの「共産党宣言」などの教条に従えば トロツキーらが「正しい」ということなのです ただ発展転化を求めたマルクスの理論に敵対していたことになるのは 「教条」に固執したトロツキーこそ反マルクスということになります。 そもそも、マルクス経済学自体が「かつてそういったものがあった」という歴史で語るものでしかない。 また共産主義自体が壮大な【欺瞞】でもある。 連中の良く言う「平等」ということも、その体制を作った者自身が市井に戻ることをしなければいけない。 そうせずに酒池肉林を謳歌するものばかり。 そういう能力があること自体が、人は平等ではないことを証明しているが、そこは無視なのか理解できないのか? そもそも人々の平等を追求するはずなのに、人の命を奪うことがあっていいのか? 人は決して平等ではない。例えばスポーツ選手ですぐに解るように才能とそれを開花できるものと出来ないものとは厳然として存在する。 それは生まれ持ったものでしかないことは直ぐに解ることだ。 教育に関しても「機会の平等」は与えられているが、成績は人それぞれの結果となる。 さらに色々な可能性を見つけるために文科系や体力系のクラブ活動もある。 各自その適正を伸ばすのだが、市場に出たなら待っているのが競争である、切磋琢磨である。 そんなことは今更だが、中国の一国二制度での急激な経済発展を見るだけで簡単に解ること。 だがしかし、農村部は置いて行かれていることもその欺瞞を証明している。 言論を商売としている者がネトウヨという言葉を使ってる限り、 負け犬を認めまた自称ていることになるのだが。 475名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/21(木) 10:55:59.15ID:mem4MyG4 宮台真司『ネトウヨは価値やイデオロギーではなく「症状」が問題』 https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news/1553132598/ 476名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/21(木) 11:14:00.09ID:owpwaeuK 東大准教授『NZの大量殺人を決して他山の石とすべきでない。日本にもネトウヨがいる!』 https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news/1553133954/ なおかつそこには、自ら張り付けた者の言論は1つもない(笑 たまにあるのはタイトルの都合よい改変 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.0 2024/04/24 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる