ということで、僕の専門というか関心の範囲の事情をすこし解説しておく。

人工市場の研究は、もちろん欧米やアジアにもあるが、日本に限って言うと
二つの動きがある。ひとつは、東大の和泉潔先生が始められたもので、
もうちょっと古いが『人工市場』(2003)という本がある。もうひとつは、
U-MARTで、これは経済学者と工学者(情報工学)の共同で始まったものだ。

和泉先生の人工市場は、ほとんど独力で始められたもので、3年間の新聞を
読んで、どういう記事が株価に影響したかというようなところから研究を
始められている。

U-MARTは、おもに東工大と京大の先生方によるものだが、研究のアイデア
を最初にだしたのが塩沢先生で、U-MARTという名前の名づけ親でもあるそうだ。

U-MARTの一番の特徴は、ABS (Agent-Based Simulation) だが、人間も参加
できる形になっていることだ。こういうシミュレーションは世界でもU-MART
だけだ。こういう形でのシミュレーション研究を考えられたのは、シミュレ
ーションをどう本格的な経済の研究ツールとして生かしていくかという、塩沢先生
固有の考えがあったからだと思う。

詳しいことは省くが、U-MART関連だけでも、雑誌論文以外に、以下の4冊の
単行本がある。

(1) 『進行市場で学ぶマーケットメカニズム(U-MART)経済学編』(2006)
(2) 『進行市場で学ぶマーケットメカニズム(U-MART)工学編』(2009)
(3) Artificial Market Experiments with the U-MART (2008)
(4) Realistic Simulation of Financial Markets (2016)

(1)(3)(4)には塩沢先生の寄稿された章があるが、(4)の巻頭に置かれている
A Guided Tour of the Backside of Agent-Based Simulation
という論文では、経済という複雑な対象を研究するには19世紀のような概念的
研究(文学的研究)や20世紀の数学的研究だけでは不十分で、ABS はそれら
二つを補完する重要な研究装置になるだろうと言われている。

さらに一般にいうと計算(Simulation)は、理論と実験(計測)に次ぐ第三の
科学的研究方法だとされていて、これは工学方面の人たちにもかなり支持
を得ている。