アラン・クルーガー(Alan Krueger)が3月16日死んだ。58歳だった。死因は自殺。

クリントン政権の労働省チーフ・エコノミスト、オバマ政権の経済諮問委員会委
員長なども務めたが、専門はミクロ計量経済学だった。彼の最も有名な論文の
一つは、デービド・カード(David Card)との共著論文(Minimum Wages and
Employment: A Case Study of the Fast-Food Industry in New Jersey and
Pennsylvania. American Economic Review 84(4): 772-793. 1994)。二人はこの中
で、最低賃金の引上げは、非熟練労働の雇用量を縮小させるとは限らないこと
を計量的に示した。論文は、論議を呼び起こしたが、カードはEconometricaの共
同編集長を務めた人物であり、彼らの調査結果自体は多くが認めざるを得なか
った。

訃報の中で英 The Economist 誌は、クルーガーに「静かな革命家」という賛辞を
送った(The Times March 19th, 2019 Free exchange: Alan Krueger, natural talent
/ A quiet revolutionary of economics died on March 16th)。実際、労働経済学の
分野において、クルーガーは革命家だった。新古典派経済学の原理によれば、
賃金率の引上げは雇用量を縮小させる。これは、ケインズが古典派の第一公準
(『一般理論』第2章)と呼んだものに当たる。この学説は、現在も当然のこととして
多くの経済学者ばかりか、多くの勤労者達にも受け入れられている。ケインズが
言ったように、われわれは過去の経済学の奴隷なのだ( >>34 に引用がある)。

カードとクルーガーは、こうした新古典派=主流経済学の基本原理の一つに反証
を突きつけたが、多くの経済学者は日ごろ計量・計測が重要だと主張しながら、自
分達に都合の悪い事実は無視してきた。

革命家を自認したケインズは、第二公準を否定しても、第一公準は受容した。しか
し、資本と労働を投入すると生産物が出てくるという新古典派生産関数自体に問題
がある。これは古くから議論されてきており、日本では根岸隆先生が批判されている
(『ケインズ経済学のミクロ理論』1980)。しかし、その批判が経済学の再構築に十分
生かされているかというと大きな疑問がある。塩沢先生が古典派価値論から経済学
を再構築しようと主張されているのには、こうした根本問題が絡んでいる。