比べるまでもない!
ナチ時代のフォルクスワーゲンはその後の西ドイツを支え、自動車大国へと成長させる元となった。
ドイツ以外でも生産されたロングヒット製品だ。
共産化した東ドイツではその遺産を生かせないほど衰退し、
ついに西側資本主義陣営に対抗できる自動車をつくれなかった。
しかも粗悪な4輪バイクと言われたトラバントでさえ東ドイツの庶民に手が届かなかったという。


ボクには一生忘れないであろう記憶がある。1989年のことだったと思う。ボクは「世界まるごとHOWマッチ」という番組を
やっていた。(中略)そこで出す問題は取材ビデオだけでなく、時々「現物」をスタジオにもって来ることもあった。

 そしてその晩は、1台の自動車がスタジオに運ばれて来た。統一前東西に分かれていた、東ドイツの国民車トラバントで
ある。当時西側では「紙のボディーの車」とからかわれていた。初期は綿の繊維で強化したプラスティック・ボディーだったが、
末期のこの頃は本当に「紙の繊維」が使われていた。
(中略)
 ボクはその晩、レギュラーと一緒に新橋の中華料理店で夕食をとりながら、語り合った。これでは東ドイツ(ひいては
東側諸国)はもたないと。ベルリンの壁の向こう側では、フォルクスワーゲン、オペルなどの国民車(勿論ベンツなどの
高級車も)が走っている。そしてトラバントは、西側の国民車よりずっと高価で、しかも10年待ちなのだ。

 いくら東側が言論統制を強化しても、ラジオやテレビの電波は容赦なく入って来る。もっと防ぎようのないものは、
「口コミ」である。もともと同じ民族なのだから、少なくともドイツに関しては統一は避けられないのではないか。そんな話を
してから1年も経たずに、ベルリンの壁は崩れ、ソ連を筆頭とする東側の共産主義体制は崩壊した。

 あれから20年経っても、朝鮮半島は南北に分断されている。これは「味方」を失いたくない中国が、北を支援している
からである。しかし20年以上前に、壁を命がけで越えていった人達がいたように、脱北者は後を絶たない。

 中国自体にしても、今回の劉暁波氏のノーベル賞受賞のように、言論統制の限界を感じていよう。20年前よりもっと
仕末の悪い、Eメールやインターネットが入り込んでいる。経済成長の面ばかりが強調されるが、それにつきものの、公害
や格差の広がりが厄介だ。

 だからこれから10年の中国の舵取りは大変である。反日デモには「ガス抜き」の意味もあったが、最近では多数の
警官隊を出して抑えようとしている。こちらだけでなく、中国側からも見る事が大切だと思う。

ソース(週刊現代 11/13号 88-89ページ 「今週の遺言」大橋巨泉氏)