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手術を終えた女性は2階の大部屋で布団を並べ、体を休めた。会話もなく、横になっている―
女性たちは1週間ほどで退院していった。
村石さんは「これから幸せになって」と願いを込めながら、薄く口紅を引いて送り出した。

中絶手術や陣痛促進剤による早産をした女性は、400〜500人にのぼると見られる。

■ 福岡の旧二日市保養所、看護婦が体験を証言
 
終戦直後、中国大陸から引き揚げ途中に旧ソ連軍と中共軍から暴行を受け
妊娠した女性の堕胎処置が行われた「二日市保養所」

日赤看護婦だった村石さんは、四六年、同保養所で約三カ月勤務。
「堕胎は違法と知っていたが、心ならず妊娠した女性は故郷にも帰れなかった。
ただ救いたい、という一心だった」
と当時の様子を証言した。
処置後、「悔しい」という言葉を残して亡くなった十七歳の師範学校女生徒のことなどを思いだすにつけ、
村石さんは自分の過去に苦しめられたが、五十年余りがたち
「歴史の一ページとして証言しなければならない」 と思ったという。