抽象絵画を鑑賞するスレ
解釈、感じ方が人によって大きく異る抽象絵画
感想を勝手に書き込んでってください そうですか、僕はけっこう共通したものを感じますが・・。
この人、結構マティスの絵をリツイートしてますが、
やっぱりマティス同様、ヴァルールの骨格を素描で捉えようとしているのかなと。
カラリスト全員ではないですが、色を使う作家は素描を基準にモノトーンを色に置き換えることがありますね。
ホッパーの素描にはそうした指示書きがあります。
もちろん素描は独立した作品なのですが。 この画家は、マチスの解釈がマッチョですね、ホフマンもそうですが、
ホッパーの素描はみたことがありませんでした。
みてみたいものです。 ホッパーの素描は良くも悪くもイラストっぽいですね(イラストレーターだったので)
これはまだマシなほう・・
https://walker-web.imgix.net/cms/70_341_cropped1.jpg?w=740&fit=clip&auto=format,compress&dpr=1.5 ホッパーは他人に指示を出すかの如くメモがありますね。
言葉も一杯入っていて興味深いです。
あまり、実際の絵画制作のなかでは、
色の面積を拡げたり、色自体を塗り替えたりといったことはしなさそうですね。
かといって、絵自体は完成という雰囲気ではなくて、どこか生煮えというか、倦怠感のようなものがあるのが不思議です。 あれ二枚目リンク切れてますね・・。
>>458
倦怠感は、不思議ですね。絵的にすごいわけじゃないのに、ちゃんと世界を感じる。 ディーベンコーンはストイックな感じですね。。
線が勝手にうねり出したりしないし、
色彩も抑えがちのよう。 オリツキーは好きです。ステラよりは一貫してるかも?
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オリツキーはグリーンバーグの文書に肯定的に名前が上がる画家で、ステラはフリードの文書で名前をみたような気がします。
とやかくいって、グリーンバーグの好むところは独特の癖があるような気がします。
なにかこう、もやッとしたした感じというか、
勿論、嫌いではないです https://www.wikiart.org/en/pierre-tal-coat/ponctue-1965
タル・コアット
カラーフィールドペインティングに似てるけどなにかが違う。
勿論、いいとか悪いとかの問題ではなく、
イーゼルにたてて描いてるのかな。
バターのように絵の具を塗ってる? 表層と奥行きの、乖離と溶解、少し小林正人と共通する部分がある感じですね。
この動画の最後あたり、作業中の様子が映ってますね。
https://www.youtube.com/watch?v=XC-UGNau54o&list=LLIfC4zNTcXMRP2D_RRzLCnA&index=4&t=0s >>469
ありがとうございます。
この動画いいですね。
大きなアトリエ、
途中の肖像画(最終的に抽象画になるのかな)やら、屋外でのスケッチやら、
なかなか、見せつけてくれます。
ボソボソのハケを、つかって油分を多く含ませた絵の具を塗ったり、なぞったり。
してるので溶解したような印象になるのでしょうか。
画面のなかに、どこかここか絵の具が盛り上がっている部分があって、見てると気持ち感情移入をしてしまいそうです。 >絵の具が盛り上がっている部分
上に出てたサム・ロックとはまた違う感じですね。
タル・コアットは凹凸が浮遊している感じがしてきます。 マネを起点とするような絵は、70年代以降は、寂しいですね。
美大やら専門学校やらに行った人達はどんな絵を描いてるのでしょう。 そうそう、中村某の動画ではインスタレーションとか言ってました。
で、ときどき、
藤枝某(既に故人)とか岡崎&松浦とかの晦渋、難解なテキストとともに生き返るのかな。 https://twitter.com/C_DanielsArt/status/976108334800625664?s=19
クリス・ダニエルス
アルバースみたいな抽象画、
他の絵をみると、彩度が高めだったり
もう少し、形態に工夫をしてたりするけど
デザインワークみたいにみえたりもする。
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) >>469
いいですね。アルバースは色彩の相互干渉や循環を感じるけど、
この人のはハードエッジ系が少し入ってますね。 エッジはシャープですけど、
形態の扱いが、エルズワース・ケリー等に比べると鈍いようにも思えるのです。
シマシマが出てきてしまったりとか、
繰り返しが多かったりとか、 画面の端を少しあけることが多いかな、
結果として、目の前になにかがあって、視界を遮っているかのような印象? 形態について、いろいろ考えたりすることに対して、それほどの価値を見いだせないのが時代の感性なのではないかとも思えます。
勿論、敢えてやってみる人もいるかも知れませんが刹那かと。 ダミアンハースト 一択
観ている貴殿そのもの。分かるか。 良くも悪くも、薬中の作ったものは観る人間を引きずり込むものが多いのは確か。
ただ、死や自分自身を省察するのにハーストの装置が必要かと言えば別にそうでもない。 第一、ハースト自身が完全に変節しちゃってるし。
最近は桜の絵描いて喜んでるからね。健康?になったんだろう。 ロンドンオリンピックてお祭り部長をしてた作家だったよね。
クイーンとか出てきたかな。 ハースト観てると、どうしてもカインを片隅に意識してしまう自分は、ある意味薬中かなと思う。アニメの世界のあのカインです。彼が仏教に帰依したから抱く偏見かも。(日蓮宗を仏教と見れば)
感じていることを言葉にするのはしんどい。
カインの暗闇と明るさの話、を想うのです。 牛を半分に切った作品が印象悪い、
吉野家にはよく行くのになんでだろう。 アニメはよく知らないが、ハースト日蓮宗に入信してたの? ハーストではなくて、ル・カインです。
アニメと言うより、イメージストが正しい。
1975年に日蓮正宗に帰依したとあります。仏式で結婚。
ハーストと裏表、酷似、よく似てると想うので
書きました。スレチだと指摘受けるのは仕方ない。ハーストの宗教は全く知りません。 エロール・ル・カインね。
戦争が終わるまでインドのアーグラに滞在していたということだが、それは1〜3歳の頃の話だし、
1975年までインドには日本山妙法寺の連中くらいしか日本系の宗教は進出していない。どこで日蓮正宗と接点があったのか。
第一、1975年にはインドの日本山妙法寺関係者全員が国外退去を命じられている。
ただ、仏教徒だったという記述はあるね。 平成24(2012)年、日蓮正宗がムンバイに「日蓮正宗インド事務所」を開設、とある。
随分最近の話だな。 カインは、シンガポールの小学校時代に美術の授業で先生に叱られた。先生の言う通りにしなかった。日本軍侵攻の頃。その頃、イギリスの映画会社から、イギリスの美術学校に行くように勧められた。
以上から年代を察してくれ。なお、上記出典は美術系雑誌。何年か前、詳細忘れた。
ハーストもカインもイギリス人。作品は違えど裏表。しかし、本人の宗教は大きく影響する。
イスラム教圏、キリスト教圏の抽象画を見れば一目瞭然。
スレの諸兄に、良く分からん、と指摘されても仕方ない。 カインは、シンガポールの小学校時代に美術の授業で先生に叱られた。先生の言う通りにしなかった。日本軍侵攻の頃。その頃、イギリスの映画会社から、イギリスの美術学校に行くように勧められた。
以上から年代を察してくれ。なお、上記出典は美術系雑誌。何年か前、詳細忘れた。
ハーストもカインもイギリス人。作品は違えど裏表。しかし、本人の宗教は大きく影響する。
イスラム教圏、キリスト教圏の抽象画を見れば一目瞭然。
スレの諸兄に、良く分からん、と指摘されても仕方ない。 シンガポールは現在、仏教徒・キリスト教徒・イスラム教徒・道教徒の比率が拮抗しているが、中でも仏教徒が割合多い。
マレーシア全体ではイスラム教徒が6割、仏教徒が2割、キリスト教徒1割となっているが、イスラム化はマラッカ王国(15世紀)の時代に始まった。
マラッカ王国はその後ポルトガルによる侵略を受け(1511年)、オランダ東インド会社による、日本人傭兵とイギリス東インド会社商館のイギリス人虐殺事件(アンボイナ事件)
を契機に今度はオランダが覇権を握る(1623年)。その200年後、漁村であったシンガプーラがイギリス東インド会社によりシンガポールと改められ、
オランダとジョホール王国はイギリスによる植民地支配を認める(1824年)。
シンガポールを含むマレー半島では、イギリスの植民地支配下において、マレー人を中心とした在来住民や移民労働者による自治が認められない隷属状況が続く。
またイギリスは、シンガポールに15万人を超えるイギリス海軍および陸軍部隊を駐留させ要塞化していたが、
日本陸軍のシンガポール攻略(1942年)によって僅か1週間で壊滅し、
イギリス極東軍司令官アーサー・パーシバル中将が無条件降伏、昭南島と改名し1945年まで日本占領下となる。
日本軍侵攻の頃、ル・カインは1歳であり、アーグラ滞在時はもとより、シンガポールに戻った後も、彼は
セントパトリックのカトリック学校に通っており、15歳の渡英時(1956年)まで、まだ仏教への傾倒を示した時期ではないと思われる。
それは生涯の大半を過ごしたイギリスにおいて増幅された心境なのだろう。
ただ、日蓮正宗との接点が、探しても情報が出てこないので分からない。 もしかすると昭南島時代のシンガポールに日蓮正宗寺院があって、
それがル・カインの幼年期にも残っていたのかなと調べてみたら、
シンガポールの唯一の日蓮正宗寺院は開妙院といわれるものしかなく、
寺院建立も2008年となっている。
つまりインドにおいてもシンガポールにおいても、ル・カインの人生と
日蓮正宗には全く接点が見られない。 残るはイギリスのみだが、エロール・ル・カインが亡くなったのは1989年。
2008年の段階でイギリスに日蓮正宗信徒は約140名、
ル・カインが暮らしたハーンベイやブリストルの信徒は0人。現在でも寺院すら無い。
またしても接点はない。 >>494
詳しい歴史有り難う。(^人^)
自分の記憶の基となった、件の美術系雑誌をもう一度探して、雑誌名、出版元など報告するね。
芸術家にとって宗教の力は大きいと思うので。
カインの作品を観ると、確かに、仏教画の香りが漂う。(仏教画の専門の方居たらごめんかも)
そこがハーストと全く異なる。自分の関心を強く引くモノは両者全く同じなのに。 宗教の力が大きいというのは同意ですね。
抽象画も、核心には常に宗教的動機や洞察が存在する。 >>495
見つけました、どうやら日蓮正宗信徒だったのは本当らしい。どこでそんなものを知ったのか。
おそらく、亡くなる一年前に発表した絵本「アルフィとくらやみ」(1988年)の文を書いた
仏教徒のサリー・マイルズと、普段から日本仏教について色々な話をしていたのだと思われる。
https://www.jonkers.co.uk/blog/inspiring-errol-le-cain-s-fantasy-artwork
1975年以降、エロールは、日蓮正宗の仏教徒でした。彼は13世紀の日本の宗教家(日蓮)の教えに帰依しました。
エロールは厳格なカトリックの教育の下で育ちましたが、その後、仏教は彼に啓示として現れました。
「仏教は私たち全員に潜在するものです。それは、神秘的で難解なものというよりは、
本当に非常に実用的で論理的なものです。仏教は、自分の中に物事を変える手段を持っていると教えます。
自分の中から聖歌「南無妙法蓮華経」を介して力と知恵を引き出します」 お詳しいですね。
実家が由緒ある寺の批評家さんや作家さんもいますが、
ぼくは批評を読んだり絵をみたりしても、そのことは分かりませんでした。
もしかしたら、分かる人には分かるのかもしれませんね。 >>495
495です。件の美術誌探して参りました。
書名 エロール・ル・カイン
出版社 ほるぷ出版
出版年 2009.12 全119項
カインの両親の写真も載ってます。母親は、『風と共に去りぬ』の主演女優ビビアンリーに似てる。余談。
2chにupするから、写メしていい?って聞いたら、「大きな図書館に行けば、必ず1冊は有るからそっちで写メしてくれ」だって。
このスレには、私より遥かに詳しい人が何人もいて驚きです。わざわざ探して来ることもなかったかも。
まあ、カインを偲びたい。
探している最中、ハーストの本も目にしました。
彼も、もしも、中世に生まれていたなら即刻拘束されて、宗教裁判やら何やらで投獄されてただろうな。
いやいや、世渡り上手で、王家の専属絵師として美味しい生活してたかもね。当時は、肖像画家として生活するのが一般だったそうです。いわゆる顔書き家。現代に生まれて良かったね。
とか、色々想った。 >>499
ありがとうございます、こんな時代でも、
本はやっぱり資料的価値が高いですよね。 >>501
上、中、下で違う作品のように観れますね
それぞれに違う作家を想起させる
目線をやるポイントが多過ぎず少な過ぎず
なのもいいですね。 風景から個別的なモノがなくなっていく感じかと思ってたのですが、言われてみれば、画面は3つに分けられそうです。
筆の動かし方がそれぞれのパートで異なっているし、そのなかで若干明度差もあったりしますね。
画面上からモノがなくなっていき、代わりに何かが現れる過程の高揚感といものがあるとすれば、それは宗教的なものなのでしょうか。 502ではなく496ですが、自分がその過程で感じるのは高揚感より不安感ですかね。
全ての認識の根拠が無くなっていく感じは、やっぱり、存在論や認識論、自由意志の有無、仏教的空、
そういうものと繋がっていて、宗教的と言わざるを得ない感覚のものです。 西田幾多郎の考える形にピンとくるものがある。
「真の絶対無の限定と考えられるものは、単に周辺なき円という如きものではなくして、その到る所が中心となるものでなければならぬ。」 到る所が中心となる、というのは中心と周縁が等価ということであり、
そこでは極大と極小が、時間とサイズが、全宇宙と自己が、トーラス状に結び付けられる。
自分は宇宙の中心であり同時に周縁の極でもある。一即多、多即一。絶対矛盾的自己同一ともいわれる。
あるいは西田はこうも言っている。
絶対(神)が全面的に自分を否定した形で相対(人間・個)に現れる。
また相対(人間・個)は全面的に自分を否定する形で絶対(神)に帰依する。
自分とは何か。なぜ自分は他の誰かではなく自分なのか。
他の何者かであるすべての可能性を否定したところに現れるものが「自己」であり、
「自己」とは、宇宙の無限と有限の、絶対と相対の、有と無の、中心と周縁の、
「絶対矛盾的自己同一の現場」そのものである。 「衝突矛盾のあるところに精神あり、精神のあるところには矛盾衝突がある」 そうそう、“善の研究”には、宗教や神について章がもうけられていました。
サルトルだったか、
知覚、概念、イメージを比較しているくだりがあって興味深かった。
パレットナイフと5色のアクリル絵の具による“引き潮”。
イギリスではターナーが近代絵画の父のような存在なのでしょうかね。
https://twitter.com/EdgeArtist/status/1270659907772133376?s=19
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) 西田は「善の研究」を1911(明治44)年に発表、その後
「絶対矛盾的自己同一」を1939(昭和14)年に発表。1945(昭和20)年死去。
サルトルの「存在と無」は1943(昭和18)年か。
クリスタン・バガリー、イギリス・イングランド中部シェフィールド生まれ。
かなりターナーの影響が強いスタイルですね。
ピーク・ディストリクト国立公園のダークピーク地区、北コーンウォール海岸の自然に強い関心があり、
ミクストメディアとしてハリエニシダ、ヘザーなどの植物、グリットストーンの破片など
当地の素材をキャンバス上に混ぜ込んでいるようです。
とてもイギリス人らしい作家ですね。イギリスではよく売れているらしい。
(ヘザーは、イングランドとスコットランドの国境に位置するボーダー地方で織られていた粗剛な綾織のことも指す。
ヘザー・カラーと呼ばれるその多色配色は、イングランド、スコットランド、アイルランドの自然の草花の色調。) また、構成にはターナーの影響があるが、技法的な中身が入れ替わっているとも取れますね。
イギリス人にとってターナーは半ば伝統のようなものなんでしょうね。
完全に抽象化せず地域固有の情報を画面に埋め込もうとするところに、
抽象が即グローバルにならない保守的なイギリス人の気質が表れているように思います。
司馬遼太郎が古神道について「古神道というのは、真水のようにすっきりとして平明である。
教義などはなく、ただその一角を清らかにしておけば、すでにそこに神が在す。」と書いていますが、
本来、神や抽象を感じたり表現したりするのに、すべての国境をなくすといった大工事は不要なのであり、
古くは洞窟、日本近世においては茶室、というような小空間があればそれは十分事足りるものでした。
このイギリス人も同じく、自分の生まれ育った土地から出ることなく作家活動をしているのは、
刻一刻と変化するダークピークや海岸の局地的風景から、宇宙的全体性を感じることが十分、出来るからでしょう。
ナショナリズムは定住性と結びついており(神道であれば稲作)、
グローバリズムは移住性と結びついているが、グローバルな全球的移動は、
禅的、あるいは西田的観点からは、ただの無意味とも取れます。そこでは、局在と全体が等価だからだからです。
そもそも、茶碗も絵画も、全体をのぞき込む局在の窓であり、遡ればこれらは祭壇のアイテムであり、
つまり定住文化の産物なのであって、置く位置とそのモニュメンタルな価値を手離すことができない。
グローバルに飛び回っているのはネットの情報だけであり、
実際の人間や都市、美術作品は依然として局在をその価値の根拠としているように見える。 全体性を希求するのは本来、情報や精神の領分ですね。
千と千尋の歌にも、海の彼方には もう探さない♪ とかありました。
高速鉄道やドローン、テスラのスペースXなどのインフラは、
言ってしまえば物理的に全体性を希求しているのだが、
物質自体、頑固な局在なので全球的インフラは必ず自重で潰れると予想しています。 ラーマクリシュナも、国や地域によって宗教が形を変えることを問題にしなかった。
局地的(相対)なものから、絶対(神)に至ることは可能であると。
ラーマクリシュナは他宗教への寛容さを徹底することをヴィヴェーカーナンダら弟子たちに説いた。
「宇宙の根本神は万能であるからして有形、無形のいずれの相をとっても存在できる。
時代・地域・民族の違いに相応した形式と教えを通じ、神は自己をさまざまに顕現する。
万神は唯一神の具現にして、万教は一真理の多彩な表現である。」 物質は個体的で局在的で相対的で重さがあり、常に全体性から疎外されている。
情報と精神は重さがなく軽々と全体を想起する。
物質的な重さやエネルギーが、どこかで情報と精神に入れ替わっているのではないか。
局在と全体の間を、重さやエネルギーという名のトンネルが繋いでいるのではないか。 ウェールズのスノードニア国立公園もいいね。
近くのエランバレーにあるダム群が良い。石積みの思想が日本と違う。 局在と全体は張り付いているのであり、人間も社会も局在の檻を逃れて全的統一に至ることは決してない。
抽象表現主義の画家たちは忘れられたりしないが、グリーンバーグが忘れられるのは自然の成り行きである。 西田幾多郎「世界新秩序の原理」より
「十九世紀以来、世界は、帝国主義の時代たると共に、階級闘争の時代でもあった。共産主義と云うのは、全体主義的ではあるが、
その原理は、何処までも十八世紀の個人的自覚による抽象的世界理念の思想に基くものである。思想としては、
十八世紀的思想の十九世紀的思想に対する反抗とも見ることができる。帝国主義的思想と共に過去に属するものであろう。
いずれの国家民族も、それぞれの歴史的地盤に成立し、それぞれの世界史的使命を有するのであり、
そこに各国家民族が各自の歴史的生命を有するのである。各国家民族が自己に即しながら自己を越えて一つの世界的世界を構成すると云うことは、
各自自己を越えて、それぞれの地域伝統に従って、先ず一つの特殊的世界を構成することでなければならない。
而して斯く歴史的地盤から構成せられた特殊的世界が結合して、全世界が一つの世界的世界に構成せられるのである。
かかる世界的世界に於ては、各国家民族が各自の個性的な歴史的生命に生きると共に、それぞれの世界史的使命を以て一つの世界的世界に結合するのである。
これは人間の歴史的発展の終極の理念であり、而もこれが今日の世界大戦によって要求せられる世界新秩序の原理でなければならない。
我国の八紘為宇の理念とは、此の如きものであろう。畏くも万邦をしてその所を得せしめると宣らせられる。聖旨も此にあるかと恐察し奉る次第である。
十八世紀的思想に基く共産的世界主義も、此の原理に於て解消せられなければならない。
世界的世界形成の原理と云うのは各国家民族の独自性を否定することではない、正にその逆である。
世界と云えば、人は今尚十八世紀的に抽象的一般的世界を考えて居るのである。
私の世界的世界形成と云うのは、各国家各民族がそれぞれの歴史的地盤に於て何処までも世界史的使命を果すことによって、
即ちそれぞれの歴史的生命に生きることによって、世界が具体的に一となるのである、即ち世界的世界となるのである。
世界が具体的に一となると云うことは各国家民族が何処までもそれぞれの歴史的生命に生きることでなければならない。
恰も有機体に於ての様に、全体が一となることは各自が各自自身となることであり、各自が各自自身となることは全体が一となることである。」 「世界と云えば、人は今尚十八世紀的に抽象的一般的世界を考えて居るのである。」
抽象美術も同じように考えている奴が多い。ただ還元的に統合的に扱っただけのものは抽象とはいわない。
局在と全体を生まれた場所でそのまま重ねることを抽象という。
アボリジニの絵はどこまでもアボリジニの絵でありながら即世界抽象である。 「世界新秩序の原理」は昭和18(1943)年頃のテキストだが、その内容は現代においても示唆に富むものである。
つまり、情報・インフラがグローバルに統合されるほど、個人・社会のあらゆる局在性と分断が露わになる
ということをあらかじめ予見していた書である。大拙の「即非の論理」も同じことを言っている。
そこからするとグリーンバーグの批評なんて的外れもいいところですね。
マネがモダニズムの起点だというのも間違っているし、建築、彫刻、絵画の切り分け方も間違っている。
間違っているから長続きしなかったともいえる。 デュシャンの作品は禅の公案そのもので、日本人の感性には馴染みのあるものである。
「禅が日本人の生活の中に根深く食い込んでいるというよりは、
むしろ日本人の生活そのものが、禅的である」鈴木大拙 デュシャンは現代でも生きているが、グリーンバーグは死んでいる。
それは何故か。デュシャンは大局的で、グリーンバーグは近視眼的だからである。
意味作用とは局在的現象である。「絶対」に意味は存在しない。
精神は意味を通じて絶対を局在化する。デュシャンはそのことを扱っているのだが、
グリーンバーグはそのループが断たれているので生命がないのである。 デュシャンのどの作品から、どのような考えを読み取ったのでしょう。 デュシャンの作品を、個別的にどうこう言うことも、批評することも、ほぼ無意味なんですよね。
逆にそういう意味のない分析や腑分けを延々とやって、元に戻せないのがグリーンバーグだともいえる。
それはともかく、デュシャン自身、レディメイドの定義を自分でもできないと言ってますが、
彼の真意が個別的な作品にないから、現代においても影響力が絶大なわけですね。
デュシャンは作品ではなくものの見方で現代美術を縛っている。
「見るものが芸術をつくる」というのはほとんど東洋思想と同じですから、
30歳代半ばで製作を放棄したのも、それの帰結なんでしょう。
飯田昭二もそういったデュシャンの考えからの変形で作品を作ってましたね。 そうそう、
デュシャンは雑誌をつくっていましたね。
作品を売ったことはないけど、
雑誌は売れないと話にならないので、
批評家だったのかな、
しかし、文章がよめるかというとそんなこともない。
発行人みたいな立場だったのかしら、 フランスからアメリカへ移動してきただけで、
フランスで作品の発表すら1度程度しかしてなかったのに、前衛芸術の巨匠になってしまった。
(アーモリーショーに作品が紛れ込んでいたことにより、) >発行人みたいな立場
グリーンボックスのメモを見ても、デュシャンは編集そのものに興味があるように見えますね。
アーモリーショーでは、コンセプチュアルな作品で有名になったのではないですが、
後に彼を巨匠にしたのは、作品ではなくバーガーのような人達でしょうね。
バーガーの主張はデュシャンとも、あるいは西田あたりともかぶる点があって面白い。 コンセプチュアルアートという言葉は定着しましたが、当初この言葉を唱えた作家や作品、批評家は忘れられ忘れられてきたような。デュシャンはその更に半世紀近く前に活動した作家、いまや掲示板のカンフル剤にもなりませんね。 過疎った掲示板にカンフル剤なんていらないでしょう。各自メモ書きや備忘録のように使えばいい。
あと美術史において、〇世紀も前のものということと、忘れられるということの間には、相関関係がない。
相関関係があるのは情報量と影響力であり、記憶されるか否かもそれらと相関する。
というか「社会的記憶」と「影響力」はほぼ同義語である。
たとえ原典の情報が限られ失われていても、影響力が大きければ後世の作家や批評家が言及することで
情報量が増えるため忘れられない。(仏教がまさにそれで、或いはキリスト教もそうである。)
そうでない作家はたとえ現代でもすぐに忘れられる。
またバーガーは(忘れられるどころか)今でも非常に有名で影響力の大きい社会学者なのであり、
活動期間の短かったデュシャンがこれほどの存在になったのも、彼の解釈と影響力に負うところが大きい。
実際のデュシャン自身は、ある意味古典的な作家といえる部分があり、現代に流通している
謎めいたデュシャンのイメージや思想は、ほぼバーガーが書き換えたものである。
そのような諸々の経緯により、リヒターや会田誠(別に好きではないが)、千葉雅也らが今も頻繁に
デュシャンに言及する状況であり、彼が現代美術においてなお「生きた存在」であることは疑いようのない事実である。 「泉」が発表された1917年。
デュシャン30歳、ピカソ36歳、マティス48歳、
そしてセザンヌの死後11年、マルクスの死後39年経っており、
サルトルは12歳で、ウィトゲンシュタインとハイデガーは同い年で28歳、
西田幾多郎・鈴木大拙共に47歳、フロイトは61歳、ドゥルーズが生まれるのは8年後、
ジャッドとウォホールが生まれるのは11年後、バーガーが生まれるのは12年後である。 マルクスは選ぶ選ばれるという代表の問題を、以下の歴史的素材から考察した。
単にナポレオンの甥だということ以外には何の特徴もないルイ・ボナパルトという凡庸な人物が、
1848年の二月革命に始まる、フランス第二共和政における政治闘争の中でクーデターを成立させ、
投票を通して最終的にフランス皇帝ナポレオン三世として即位したという事案。
投票や選挙という代表を選ぶ表象システムでは意外な人が圧倒的な勝利をおさめるということが起こり得る。
まさかという人が選ばれるのは選ぶ人と選ばれる人の関係が不透明で恣意的だという表象システムの原理性による。
マルクスはまず、この選挙という表象システムが皇帝にふさわしい人物を選ぶシステムではなく、
選ばれた人が皇帝になるという当たり前のことを明らかにする。
価値は後からついて来る。選ばれる人は価値がある人なのではなく、全ての人の価値を代表する人である。
選ばれる人は人というより価値という観念である。だからこそ価値に根拠があってはならない、
逆に価値とは何かという根拠がないからこそあらゆる事物を価値付けられる。
デュシャンの便器もそうした芸術という表象システムの原理性を示している。
そこでは貨幣という表象システムによって駆動する資本主義が、
人間と人間の関係を貨幣の価値の彼方に追いやったのと同じ構造を見ることができる。 ピーター・L・バーガーは、T美大の学生なら社会学の教科書として購入させられていたはずだけと、
まさか、デュシャンの研究までしてるとはしりませんでした。
同姓同名の別人かもしれませんね。
しかし、そんなことは関係ないというのが、ご意見ですよね。
デュシャンやバーガーの名前が独り歩きする限り“生きている”と。 それは同一人物ですね。
名前が独り歩きする限り“生きている”というのはその通りです。 失礼、私の間違いです。
同一人物ではなく、デュシャンの評論はピータービュルガーの方ですね。
ピーター・L・バーガーの記述は訂正します。
ビュルガーによって、泉が拡大解釈されたのは同じです。 ただ、やはりビュルガーよりピーター・バーガーのほうが興味深いな。 エランバレーも良かったが、アーティペラーグで観たポール・ギャンスが良かったな。
2013年頃だったかな。 別の年にエクスコーレンの印刷所に寄ったこともあった。 当時の様子が垣間見えて面白かった、というひとり言ですが何か? ストリートからはちょっと分かりにくい位置にあるんだよな。
しかし、ギャンスを偲ぶには良い場所だ。 グゲはだいぶ昔に行ったっきりで、今はどうなっているのか、よくわからないな。 カイラスは五河の分水嶺、シトレジュ川沿いの寺院。
それにひきかえ、展覧会のために作品が移動する、ということの安っぽさ。 印刷所も寺院も、その場所にある、ということが肝心なんだよね。 ぐるぐる回り始めた。
明後日までにはバターが出来てそうだ。 場所性と聖性、つまり、特定の配置なくしては、人間は一秒たりとも
現実を認識することができない。逆に言えば、現実とは配置である。 夕
想はかなく門をとざす、
けふも草家の門をとざす、
落葉のみちに黒鶫
終止符のごとく蹲る。