***御茶碗 6つめ***
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>>314
マジか…。
今のんかうでも酷いと思ったのにそんなこと言っとるんか…。 >>312
俺に言ってんの?
光悦のならまだ口つけて飲むのに忌避はしないと個人的な感想言ってるんだが?
おまけにこないだからとか意味不明なんだけど、誰かと勘違いしてんの? >>318
前後のレスとアンカを間違えてんじゃね?
でなけりゃ当代楽と光悦とが同じに見える人なのか >>319
察するに当代の信者なんだろ
>>307-311で、>>309だけに噛みつく理由は当代を名指ししてることしかない >>317だけど当代の茶碗とか高いだけのゴミだと思ってるわ。
茶碗はやたらとでかいし下手したら鉢じゃないのっていうサイズのものまである。
あのオブジェみたいなのも劣化しかしてないが光悦の角形、丸形を意識してるのモロばれだし、逆に普通の黒、赤茶碗でも光悦イメージな形のが多い。(こちらも劣化コピーみたいなの)
そもそもあんな茶碗として使えないようなものも当代吉左衛門名義で出してるのがきにくわない。
アーティスト()の感性()で作品作りたいなら本人名義でやっとけよと…。 楽家のブランドだけでもってるよね
あんなの本当にいいと思って買ってるヤツいないでしょ
名前だよ名前
ださいね当代
買うバカも悪い 俺は当代の楽は頑張ってると思うよ。作品は評価できないけど。
それ以前の楽は、長次郎を写すでもない、ほんとにどうということはない楽茶碗作ってるし。
でも家業だから仕方がない。
ただし、高い金だして買ってる人はアホだ。名前と形式だけに釣られるという茶道の
権化とも言える。ある意味で、その過程はコンセプチュアルアート。 俺は当代は評価してる 茶碗通り越して芸術でみたら安いなと思ってる まぁ 評価は人それぞれだな 王様は裸だ!ってもはや誰も言えなくなってる
裸だって認めたら困る人たちが多すぎるってこと、大人の事情ってやつ r ‐、
| ○ | r‐‐、
_,;ト - イ、 ∧l☆│∧ 良い子の諸君!
(⌒` ⌒ヽ /,、,,ト.-イ/,、 l
|ヽ ~~⌒γ ⌒ ) r'⌒ `!´ `⌒) よく頭のおかしいライターやクリエイター気取りのバカが
│ ヽー―'^ー-' ( ⌒γ ⌒~~ / 「誰もやらなかった事に挑戦する」とほざくが
│ 〉 |│ |`ー^ー― r' | 大抵それは「先人が思いついたけどあえてやらなかった」ことだ
│ /───| | |/ | l ト、 | 王道が何故面白いか理解できない人間に面白い話は
| irー-、 ー ,} | / i 作れないぞ!
| / `X´ ヽ / 入 | 別に当代楽も茶碗に拘らなければいいのよ
オブジェとか壺とか鉢とかなら評価の仕方も違う
まあ家業的にやむ無しなんだろうが >>309
光悦には乙御前とか加賀とか赤楽の発色にもそれはそれで惹かれるが、やっぱ一番好きなのは不二山かな
少し前にサンリツで実物を見たが、侘びと面白味のバランス感や箆削りの技に妙を感じた
数ある中でこれというのは納得 作家disりはOKだが その作品を購入した人々までdisると嫌われるぞ そこがマナーラインだろうな >>333 不二山観たいわぁ 今度はいつ展示だろ
光悦って手デカかったよねきっと 不二山は近年はよそへ貸し出してないらしいからサンリツに行くしかないかな
年1回は公開してるというから、今年はまだのはずだし、その内見れるはず なんで水指や花入に細工物では良い物を造ってる陶陽が茶碗を造ると下手糞なの?
茶碗なら素山の方が上手だし。 サンリツは去年出た時の初日に行ったけど、ガラガラだからゆっくり見れた
さすがにみんな不二山目当てだから空くの待つ間他の見てるけどね
ガレやドーム兄妹、日本画が好きなら隣の北澤美術館もいい感じ
すぐ近くの諏訪湖と駅の中で足湯もできる 好みは人それぞれだからそこはバカにしない
ブランドだけで買う奴は思いっきりバカにする >>332
現代の事だしオブジェだのを作るのは別に問題ないとおもっとるのよ(好き嫌いは別にして)、ただ上で言った様に15代楽吉左衛門じゃなくて本人名義でやれと。 気持ち悪いやつだな、他人が文句付けることじゃない
買いもしないくせに 朝から必死の擁護しなきゃならなくて大変だな
それがお仕事? 成熟した文化は破壊されるしかないのよ
茶の場合は詫びとか言い出した辺りで既に破壊に向かってるから
もう前衛がやることなんてないって 匿名での個人批判と後衛で保守が一番だと馬鹿は言ってます ゆがんだ汚い無骨な茶碗なんかより
暗い部屋でも抹茶の緑が冴えるような綺麗な茶碗がいいのにな
侘び寂びとか一般人が理解しがたいマニアックなこと言い出すから
後世に骨董をありがたがる変な風潮ができちゃったんじゃないか
出来の悪い下手くそな古い茶碗を国宝とか言ってるの見るとアホだなーと思うわ 国宝茶碗に出来の悪い下手くそなのはないと思うけど
曜変天目も油滴天目もきれいだし
どれのことだろう >>348
そういう綺麗なものや加工技術が失われて再現不可能なものは別だよ
擁護派がうるさいからどれとは言わないけど >>347
侘びた茶碗こそ抹茶の色がこの上なく映えるんだが?
画像でも名前でもいいから君の言う最も素晴らしく引き立たせる綺麗な茶碗をあげてみてよ >>347
そもそも侘び寂びが流行ったのは一般人なんて茶も飲めない陶器なんて持ってない時代だし… まあ多分喜左衛門のことなんだろうけど、本物の井戸茶碗はめちゃめちゃ綺麗だからね
一度手に取ってみたら二度と写し物に惑わされることはない 侘び寂びがマニアックとか。。むしろ本質だろう
歴史を知らなすぎる >>352
綺麗、かねえ?
好きだけど綺麗かというと >>352
有楽や細川とかならともかく喜左衛門は流石に綺麗とは言いがたいと思う。
根津の井戸茶碗展、東博茶の湯展、金沢の美のチカラ、その他諸々見てきた中で一番良かったと思ったのは筒井筒、次点で有楽だった。 後、東美アートフェアとか東美特別展とか行ってれば流石に大井戸は無理だけど結構いい青井戸位なら触れる機会があるからオススメ。(宣伝) 井戸の魅力は見込みに結集してるので、是非上から覗き込んで欲しい で、>>347はいつになったら「暗い部屋でも抹茶の緑が冴えるような綺麗な茶碗」とやらを示すんだ?
国宝を下手くそと豪語するのだから、さぞや文字通りで非の打ち所のない逸品なんだろ
是非お目にかかりたいねえ >>347にかまうなよ、ただの知ったかバカだから逃げたんだろ 茶が綺麗に見えるって言ったらやっぱり黒楽な気がするなあ 瀬戸黒ってなんであんな形なんだろ
高台が低すぎ腰が低すぎですごく使いづらい
何か意図があってああいう形なの? >>363
あの色を出すために急冷するため
あの形じゃないと割れる >>364
割れねーよwww
現代作家は色んな形の引き出し黒やってるぞ >>364,367
こういう知ったかぶり連中は消えろや
適当で的はずれな妄想をさも事実かのように書くな
せめて「と思う」とか付けろ いわゆる特徴的な瀬戸黒はプロトタイプだろ
数が少ないし
唐津も茶器を始めた初期は変な形が色々あるし
長次郎もそうだ >>372
数が少ないのは引き出してるからでしょう
窯のほんの一部にしか入れられないからかと
プロトタイプってのもない気がするけどなぁ
少ないと言っても何十碗もあるわけだし、瀬戸黒が織部黒や黒織部に発展していったのは引き出しという技術的な面ではそうなのだろうけど、造形の面では絶対に違う人の指示だと思うし
プロトタイプだとするならば完成品は何になるという考え? 憶測だが、初期の頃は火バサミが今みたいに使いやすい物でなかったから、器の方をつかみやすい形にしたんじゃないかな?
その後、火バサミが改良されていって形に拘る必要はなくなったんだけど、初期の形が瀬戸黒のお約束みたいに形骸的に残っていったとか >>373
完成品は織部
最初からバランスの良い形に仕上がるほうが違和感ある
変な時期を経て洗練されるはず >>376
日本のやきものに限って言えば俺は逆だと思ってる
中国や朝鮮から伝わった技術をそのまま流用してる最初に完成度の高いモノができて、その後作りやすさや使い勝手やら量産やらを考えてどんどん質を落としていく
桃山から江戸にかけての劣化なんかはまさにソレだと思うけどな
もちろん茶の湯の文化の衰退ってのもあるとは思うけども
それに利休好みの瀬戸黒と織部好みの織部黒や黒織部は技法が同じってだけで明らかに意図が違うものだというのが最近の有力な説らしいよ >>377
お茶の流行が終わって世界中が白磁を追求するなかで
陶器全般が劣化していくのは当然で
鍋島や柿右衛門は洗練されていったでしょ
俺はどう見ても瀬戸黒の完成度が高いとは思わないし
雑器が茶器に替わる過程には変なものがいろいろあるよ 茶道具が劣化していったのは陶器を作る技術よりも指導者が劣化したせいで、つまり茶の湯の流行が廃れていったからでしょ
織部の後も遠州や宗和、何より光悦はいいもの作らせてたわけで 所謂茶の湯というのが茶道に変化して流儀第一の茶になっていったってのが大きいと思うよ。
個を表現する茶から流儀の茶と言うか…。 朝鮮半島の焼き物の中に「合子」ってあるけど、あれは何のための道具なんですか?
香合みたいに使ってたの? 相手にされなくなると寂しくてゴミみたいな質問するのがハゲ荒らしのパターン >>380
比較的よくありがちなスレッドの一生
1、スレッドが立つ。
2、技術のある人間がAAを提供して盛り上げる。
感動を求めて人が集まってくる。
3、オリジナルAAを書ける人間が乗ってきてさらに盛り上げる。最盛期。
4、盛り上がりに乗じて何も書けない魯鈍と白痴が寄ってきてスポイルする。
彼らの無駄な愛着が逆効果を及ぼし、スレッドのレベルが著しく低下。
5、飽きて大勢が去っていき、行き場の無い魯鈍と白痴が残される。
低レベルな自慢・偏見の陳列、煽りあい、無駄な罵倒、
いわゆる「2ちゃんねる用語」を多用したお寒いレス等々が並ぶ。
6、煽りと罵倒しか出来ない魯鈍まで魯鈍同士の空疎な煽りあいに飽きて去る。
7、何も提供できない白痴が過去の栄光の日々を夢見て空ageを繰り返す。
脳死状態。
この「スレッド」を「茶の湯」に変えたらそのまま通用しそう >>386
本人は面白いこと言ったつもりなんだろ
まさに自己紹介なのだと自覚あるのかしらんが >>388
分かる分からんじゃなくて「つまんねーよアホ」って事だろ スベったのを他人のふりしてまで取り繕うのって、やってて空しくならんのかな とりあえず荒らしてるのが30代以下のハゲというのはわかった。
アラフォー以上でハゲてもこんなに必死にならないからな。 >>379
製品の劣化はどう言い訳しようが最終的には作り手の問題だ
それはどんな分野のどんな物だろうと変わらん
というかその言葉は過去現在全ての陶工に対する侮辱にすら繋がるぞ 茶碗をつまらないものにしたのは江戸時代以降の茶道
はっきりわかんだね 茶の湯と茶道の具体的な相違点とは何か、そしてその相違点がどのようにして作陶を変質せざるを得なくさせたのか
そこまでを論理的に説明できるなら一聴の価値はあると思うよ 信長、秀吉は茶の湯を政治に取り入れて茶器の価値を上げてどんどん良いものを作る基盤を作った
いわば国家予算でやきものをやってるようなもの
家康は茶の湯の文化が好きじゃなかったので茶の湯に携わるモノの地位はどんどん下がり必然的に良いものを作る事もできなくなり庶民向けのやきもの作りにシフトしていった
桃山のやきものがずば抜けててそれ以降レベルが下がってるのはこういう事だと俺は認識してる >>399
家康は判断つかないが、秀忠・家光は茶を好んでたぞ?
あと、いわゆる御庭焼とかで大名の庇護を受けてたのってむしろ江戸時代の話だぞ? >>401
桃山は「茶を好む」なんてレベルじゃないでしょう
一茶人が信長や秀吉に政治的意見を言える立場で力を持ち過ぎた茶人を秀吉が恐れちゃうレベルな訳で
国なんかより名物が欲しいなんて武将がいるくらいだし
ちょっと大げさに言うと桃山のやきものは一度窯焚いて一碗だけ名品が取れれば良いというやきもの
江戸は大量生産でどれだけ失敗を少なく平均点を高くできるかというやきもの
現代の陶芸家で言うと茶陶作家とクラフト作家の違いって感じじゃないかと思う なんだかなあ。。
そういう薄いのは美術館スレでやって欲しい >>402
もの凄い浅い知識と噴飯ものの理解だな
もう少し歴史の勉強を頑張ってから書き込みましょう >>403,404,405
薄い、浅い、妄想などと言うだけなら誰でもできる
そう言うなら深い話をしてからにしろ >>407
今には当てはまらないんじゃない?
お抱えの文化人が客人をもてなしたり外交したり政治のトップの相談聞いたり助言したりっていう公職は今はないでしょ
言うなればオリンピックの開会式をプロデュースするようなアーティストが総理の補佐やりつつ外交も手がけるみたいな感じじゃね? 長文のご高説は結構だが、藩窯と民窯の区分けも分かってない時点でお話にならないド素人だな >>399
>>402
とんでもなくスゲエな
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