今と昔とでは「本」の捉え方が違う。二十世紀は印刷された書物を指すのが普通だが、江戸時代の日本で隆盛した
印刷文化では版木を「本」とする見方が強く、保存にも再版にも役立つ点で、最終形態の書物とは役割や機能を異に
する。書物が複製である事は当然として、原版が失われた後で書物を複製する行為もまた、ここでは「複製の複製」
といった連鎖の枠組で捉えられねばなるまい。他方、予め組版の解体と再利用を前提とする活字印刷は「積極的に原
版を破壊する」システムとも云える筈。活字を組み直せば同じ物が再版できると考える向きはあろうが、かかる手間
を思えば実のところ机上の空論に近い。にもかかわらず年々歳々、「本は書物で活字印刷なのが当然」とする見方が
普及、やがて活字信仰が書字の伝統的基盤を根こそぎ破壊するに至る。…もはや活字は書字の模倣ではない。活字が
原稿を凌駕するオリジナルな位置を書物が獲得するや、原稿は草稿と呼ばれる未完成形でしかなくなった。